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皆が怖い怖いと豪語する于禁殿、顔も怖い雰囲気も怖い、口調もやることなすこと全部怖いとよく耳にする。

戦を終えて宴を開いても于禁殿は滅多に参加しないし、しても隅っこで独りぽつねん黙々と呑んでいる、最近あった宴の席では、近付くなという雰囲気を全力で醸し出しているにも関わらず、空気を読まなかった張コウ殿が果敢にも(無謀とも言える)一緒に勝利の舞を!とかなんとか言ったらしい。もし私がその場に居合わせたのなら一人で踊ってろと突っ込みたい。

それに対して于禁殿は、自分が行けば場が硬くなる、ときっぱり断ったとか。自分がつまらないやつだと自覚があるのか、つまらなくて結構だとそれはそれでよしとしているのか。

何にせよ、宴の鬼と呼ばれた私としてはよろしくない傾向だ、皆が飲んで食べて歌って踊って、そして笑ってくれなければ宴の意味がまるでない。

丁度よく今夜も宴がある、大きな戦の後だから将軍らはほとんど参加すると聞いている、詳しく聞けば于禁殿もいるらしい、一緒に歌って踊ってなんてことは期待していない。ただ、皆の輪にそっと混ざりばか騒ぎに対してやれやれと苦笑、そんな感じでいい。

饒舌にならなくても今夜は酒が美味いな、とか一言二言ぽそっと言葉を交わしてくれれば感無量、私は皆が笑顔になるのを見るのが大好きなのだ。

だから今夜は!今夜こそは于禁殿をちょろっとでも笑わせてみせん!と張り切ったものの……今のところ惨敗。

ひとまずほろ酔いにさせれば気も緩むだろうと、手を替え品を替え人を替え、次から次へと酒を勧めてみるも「もう結構だ」の一言でばっさり。それなら次は食べ物だ!あらゆる品を揃え、美食家も唸る質を追求した料理を勧めてみるもやはり「もう結構だ」の一言。

次、踊り子!しかし興味を示さない、次、音曲!まるで興味を示さない!くぬぬ……こうなったら徐晃殿と張遼殿、ホウ徳殿と曹仁殿を使って武とは何ぞやを語らう会でどうだ!武談義に花を咲かせ……。

「拙者はァ!武の真髄を見極めるれごじゃるぅ!」

うわあ……見事にべろんべろん!誰だ徐晃殿が使い物にならなくなるまで飲ませたやつは!

「はっはっは、徐晃殿はもう酔われてしまわれたかはっはっは」

張遼殿あんたかァアア!っていうか張遼殿、それは徐晃殿ではなくて柱です!

曹仁殿は居眠りしていやがるし、ホウ徳殿は王異殿となんかいい雰囲気なんだけど!うぐぬぬぬ……もういい!こうなったらもう奥の手しかない!

私が出る!

酒の盃とちょっとした肴を持ち出し、私は于禁殿に突撃、相変わらず壁際でひっそりおどろおどろしく佇んでいる。(なんかこの一帯だけ暗くない?空気重くない?)


「于禁殿、此度の戦も凄まじい戦果を上げたとか!お疲れ様です」
「己のやるべき務めを果たしたまで、当然の結果だ」

掴みは上々、でも相変わらず堅苦しい。

「そんなご謙遜を、あ、もう一杯いかがです?」
「いや結構」
「この桃饅頭は?」
「いや……」
「どうかしました?」

ふと思案するような于禁殿、何かと思えば今夜はしつこいほどに酒や肴を勧められるが一体何故だろうか、と不思議そうな表情を見せた。

とりあえず追い払われることなく、ちゃっかり于禁殿の隣を占領。よしまずは質問責めにして、膨らみそうな話題を引き出す策だ!

「于禁殿、酒の好みはありますか?次の宴の参考までに」
「ほんの嗜む程度だ、特にない」
「お好きな食べ物ってあります?」
「これと言ってない、ただ塩辛いものは好まん」
「そういえば張コウ殿に舞のお誘いを受けたとか」
「……何故私だったのか理解に苦しむ」
「一緒に舞ったらよかったじゃないですか」
「せっかくの宴、私が行ってわざわざ場を硬くする理由がどこにあると言うのだ」

それに私は舞うことなど出来ん。盃を傾けた于禁殿に釣られて私も酒の入った盃を傾ける、喉に焼け付くような感覚、実を言うと酒はあまり得意じゃない。

「理由も何も、場が硬くなるかどうかは飛び込んでみなきゃわからないじゃないですか」
「わかりきったことだ、気の利いたことも冗談なども飛ばせるような性分ではない」
「うわ卑屈」
「な……っ!」

私の一言に珍しく表情を大きく崩した、普段から怖い怖いと言われるのは面と向かってではなく、影で言われているからで、直接はっきり言われることはなかったんだろう。失礼承知の上だ。

「たまにはいいと思います、10回に1回くらいはハメを外されてはいかがです?ほら、今宵はあの張遼殿も馬鹿になっているわけですし」
「……柱に向かって何を言っているのだ」
「徐晃殿と間違えているようです、徐晃殿はもう目も当てられませんしね」
「……これが常であったならば厳罰対象だ」

……あ!

「于禁殿、やっと笑ってくださった!」
「……む?」

微かに、ほんの僅かな変化。緩やかに表情が穏やかになっていく様子を垣間見た、少しだけ上向きになった唇の両端に思わず声が出る。

すぐ、意味がわからんとでも言いたげに、いつも通りの難しい面持ちになってしまったけれど私は変化の一瞬を見逃しはしない、この瞬間が何よりも嬉しいこの上ない!

「どういうことだ」

「于禁殿はいっつも難しい顔をなさってるから、宴の時くらい表情を崩して頂こうとですね」
「……そういうことか、しつこく酒や料理を勧めたのはお前の差し金だった、と」
「え、あー……いや、あはは」

じろり。

間近で凄まれると迫力がある。

「全く……しかし、たまに、という点は今後考えておくことにしよう」
「そう言って頂けると宴の準備のし甲斐があります」

にぃ、と笑えば観念したように釣られて苦笑する于禁殿、そうそう待ってたこの笑顔、うまくいけばこの流れで皆の輪の中に連れていけそうだ。逆に皆がこちらに来るようし向けるのも一つの手。

さてこれからどう展開させていこうかと思案しかけたところで、何やら皆の集まる向こう側がやけに騒々しい、何気なく視線をやれば丁度酒の入った甕がこちらに飛んできているではないか。

「ぎゃ!?」
「!?」

亀のように慌てて首を引っ込め、甕は頭上の壁にぶち当たると音を立てて割れた、中身と破片がなみなみと降り注ぎ衣類を濡らす。

「チクショウ誰ですかこれ投げたの!」

大量に被った酒が口に入る、むせ返りながら叫べど騒々しさには勝てるはずもなく喧騒に掻き消された。

「なまえ、不用意に動くな」
「え、あ、痛っ!」

衣類に入り込んだ甕の破片が刺さったらしい、背中や腕にちくりと痛みが走る、動くなと言われすぐに動きを止めれば于禁殿が破片の残骸を払ってくださった、見えるところはもう大丈夫そう。衣服に入り込んだ破片は裾をはためかせて落とした、こんな格好でいるわけにもいかないし、着替えてこようかな。

「大丈夫か」
「はい、大したことないと思います、とりあえず着替えて……っとと」

方向転換と同時に眩暈、視界が揺れているみたい、もしかしなくても酔いが回ってきてる、覚束ない足元に頭を振るが気休めにもならない。壁伝いに行けば何とかなると思っていたら不意に足が浮いた。何事。

「この場で倒れられては困る、しばし辛抱せよ」
「ちょ、ま、う、于禁殿!?」

抱き上げられて何食わぬ顔で突き進む于禁殿、心もとない足取りにはありがたいけれども、でも!喧騒の中心をわざわざ通過する必要あります!?確かに出入り口は直線上にありますけれども!

皆が見てる、すごい見てる!どうしようつらい!明日には誤解が誤解を産んで大変なことになってるやも……!

(おい気いたか、于禁殿がなまえをお持ち帰りしたらしいって)
(まるで見せ付けるかのように抱いてその場を後にしたとか)

ひー!

宴とかこつけ

収拾つかなくなったんでぶった切りました。
20131205
20200422修正
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