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ごく普通の一般家庭に生まれて一般的な教育過程を経て、まあそこそこの大学に入って可もなく不可もなく普通に幸せな生涯を送るんだろうな、とぼんやり考えながら生活をしていた。

そんな安穏とした私の生活が一変したのはたまたま友人に誘われた合コン……いや、合コンと言うには高級すぎる、あれは合コンと言うよりも、えーっと、会食?

『なまえもどう?住む世界のちょっぴりズレた人達と会ってみない?』

資産家やらIT企業の重役やら弁護士、医者なんて滅多にお目に掛かれないようなメンツとのお食事会。少し年上だけれど上手く気に入られれば卒業と同時にゴールインできちゃうかもよ?なんて謳い文句を掲げて友人からお誘いが掛かった。

行く前から友人のテンションはマックス、まさか万が一のことがあったとしてもそんなに上手くいくわけないでしょうに。第一住む世界が違うんだから向こうだってたまには息抜きに若い子達と食事でも、くらいにしか見てないと思うけど。

それかもしくは第二、第三夫人候補探しとか要は愛人探し?お金と権力と確固たる地位を思うがまま手にした人間が、他に考えるとすれば多忙ゆえに積もり積もった欲望を吐き出すこと。

住む世界の違う人間がわざわざ凡人と食事?ないない絶対ない、怪し過ぎる、面倒なことに巻き込まれそうな確率の高いものにむざむざ足を突っ込むほど私勇者じゃないから。

せっかくだけど私は遠慮しておくね、と一度は断ったのだがこの時の友人は何故か異様にしつこかった、しかし私自身もこの時に是が非でも拒否し続ければよかったのではないかと後々思うことになる。

断りはしたが、嫌ならすぐに帰ればいいし、自分達だけじゃ普段なら絶対に行けないような料亭で食事ができるんだよ?食事代は向こう持ちだし、たかがご飯食べるだけじゃない、悪くないでしょ?行かなきゃもったいないって!

そんな今思えば軽すぎる口車にうっかり乗ってしまい、食事だけなら……なんて思ってしまったのが全ての始まりだ。

当日、三対三で普段ならちょっと近付き難いような方々と古風な料亭のお座敷で贅沢なお夕飯、行く前からやる気十分だった友人二人はさすがと言えようか、早くも相手方のうち二人とすっかり打ち解けている。

(非常に居心地がよろしくないというか)

取り残された私といえば、自分の料理にちょこちょこと箸を付けているだけ、テーブルを挟んで向かい側の私と同じく取り残された相手の方も、黙々と箸を進めている。

この気まずさ、どうにかならないものか。盛り上がっている友人ら四人はもはや取り残された私達など蚊帳の外、先方さんは慣れているのか気になりすらしないのか、全くもって無関心なふう。

単に寡黙で聞いていないようで聞いているのかもしれないが、一見すると数合わせのために仕方なく連れてこられたみたいに思える。そうだとしたら私は是が非でも断るべきだったのかもしれない、私が来なければ先方さんも来なくて済んだ。

本当は来たくなかったかもしれない、それを思うと尋常じゃない申し訳なさと居心地の悪さが込み上げてくる。

昔からこうだ、物事の本質がわからない時はいつも悪い方へ悪い方へと考えが傾く、気まずいのは私だけだ、気まずいと思っているのを感じ取られて、場の雰囲気が悪くなるのだけは避けよう。

とにかくみんなに合わせて笑っておけばいいや、せっかく美味しい料理が目の前にあるんだから目一杯食べてから帰ろう。

ふと目に入った刺身の盛り合わせ、部屋が暖かいから早めに食べないと刺身自体も温まって美味しくなくなる、白身で薄く綺麗に並べられたこれってもしかしなくてもフグだったりするのかな?

うわ高そう……なんてよそ見しながら醤油に手を延ばしたらコツンと何かに手が当たる、それが醤油注しだと思って掴んだところ、明らかに違う感触。

なんか、あったかい。

見れば私が掴んだのは醤油注しではなくて、同じく何かに手を延ばしていたらしい先方さんの手。

「え……あ!違っ、間違え、よそ見してて、ご、ごめんなさい!」
「……醤油、か?」
「は、はい、すみません」
「……気にするな」
「あ、ありがとうございます」

慌てて離し一人あたふたしている私とは逆に彼は冷静そのもの、わざわざ小皿に醤油を注して渡してくれた、ううみっともなさすぎる、恥ずかしい。

どうやら彼も刺身を食べようとしていたらしく、醤油を注す小皿を探している、丁度私の目の前に小皿があった。

「あの、小皿、どうぞ」
「……ああ、すまん」

楽しくならなくとも気まずさと居心地の悪さだけでも払拭できれば幸い、ならば今がチャンスかもしれない、乗り掛かった船、このまま少し彼に話し掛けてみよう。

「あの」
「……?」
「お料理、とっても美味しいです、今日はありがとうございます」

かといえ大した話題も思い付かず当たり障りなさすぎて返答に困るようなことを口走る、言って後悔。私なら、ああそうよかったね、と返して終わる。

これ完璧に会話が途切れるフラグ。

「……そうか、なら、よかった」

フラグを叩き折るための話題を必死に探しながら彼の返答を待った、一旦言葉を切ったものの驚いたことに、今まで鉄仮面かと疑いたくなるような彼の無表情さはいつの間にか消え去り、柔らかい表情が伺える。

あれ、もしかして、当たり?

「……ここには、よく来る、魚介類と天ぷらが特に、いい」
「あ、私この山菜の天ぷらすごく好きです!」
「……なら、これも、ああそうだ」
「はい?」

差し出されたお勧めらしい天ぷらを受け取る、彼が思い出したかのように一声、名前を聞かれた、そういえば自己紹介もそこそこだったことを思い出す。

彼――もとい周泰さん。

聞けばここのお店を選んだのは周泰さんだそうだ、これと言った趣味はないと言って、つまらない男だろう?と嘲笑混じりだったが、美味しいものを食べるのは好きだと言っていた。

美味しいものを食べるっていう事柄は趣味のうちに入りませんか?と尋ねたら、そうかと嬉しそうに笑った。

話し出してみれば案外いい人で話しやすい、一見取っ付きにくいなんてことは本人には絶対言わないでおこう。

「……なまえ」
「はい」
「……よかったら、また、食事にでも」
「いいんですか?わ、私でよければ!」

周泰さんがスーツの内ポケットから連絡先なのであろう名刺を一枚取り出すと、それをくれた。

「……俺も久々に楽しく食えた、感謝している」
「周泰くーん!今日は何らかご機嫌られえ!がっつり呑んれるー?」
「……お前は、呑み過ぎだ」

いつの間にかべろべろになっていた相手方の一人が周泰さんに絡んできた、回っていない呂律がおかしくて思わず吹き出すと、周泰さんも小さく微笑んだ。

人も仕事も見かけによらない。

今夜は十分過ぎるほどに楽しかった。こんな楽しい食事ならいつだって大歓迎、今は周泰さん限定だけどね。

Buono Buono!

20110209
20200422修正
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