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理由は知らないけど多分嫌われてるんだと思う。

一端の将として魏にお仕えしてしている身の私、うら若き戦乙女ですと可愛く自己紹介してみたら、夏侯惇様に、なんだいきなり柄じゃない気色が悪いからやめろとはっきり言われました。悔しい上に傷付いたんで、夏侯惇様も髪の毛盛り過ぎて正直きもいですと言い返してやった。

本気で斬られそうになってめちゃくちゃ謝った、謝ったけど反動で逃げてきてしまった。話の途中なんだけどな。まあね、実際のところ可愛く自己紹介なんて柄じゃない、女としてだいぶ危うく乙女なんてとんでもない。

私は夏侯惇様に相談というかちょっとした悩みを聞いてもらいに行ったのだ、多分ですけど恐らく于禁様に嫌われてるっぽいんですよ私、理由とか知ってたりませんよね?っていう話。

別に于禁様の部隊にいるわけでもないし、言葉を交わしたことだってほとんどない、接点がまるでないくせに嫌われていると思い込むのもおかしな話だろうけど、こないだほんのちょっとだけ曹操様から仰せつかった伝言を伝えに行ったのね、当たり障りなく普通に、普通に話し掛けて要件を伝えただけなのに于禁様が物凄い形相で睨んできたわけ!

ほら、あの人物凄く厳しくて軍紀を乱す者は味方でもぶった斬るってもっぱらの噂だし、まあ、ちょーっとだけ思い当たる節があるにはある。

さっきも言ったけど、私は女(乙女)としてだいぶ終わってるところがある、戦に身を投じるわけだから生傷も絶えないし兵士らは男ばかり、生きていくためとは言え、普通の女子よりほんのちょっぴり教養やいろんなお作法に疎い。

女子が戦場に……なんてあんまりいい顔しない人達もいるわけで、多分于禁様もそういう考えなんだと思う、首級はそれなりにあげてるし、私に面と向かって口に出す人はいないけど。

んー後は戦場で疲れてくると士気が下がるから、少しでも盛り上がってその場が明るくなればいいかなーって、おちゃらけた振る舞いをしてたのを見られたのがまずかったかなあ。

別に于禁様としょっちゅう顔を合わせたりするわけでも、接点もそうそうないから気にすることないと思うんだけどね、あの時の睨まれ方が若干地味ーに傷付いたっていうか、ほら、恐怖政治敷かれてビクビクするよりあっけらかんとして肩の力抜いた戦の方がいいかなって。

そんなこんなを話していて可愛らしく自己紹介でもしてみようかと夏侯惇様に試して惨敗、逆に夏侯惇様の髪型をいじって怒られて逃げるというね。はあ、もう一回謝っても少し助言でもしてもらおうかな。

「おい」
「ぎゃ!……なんだ夏侯惇様かあ、びっくりさせないでくださいよ」

もう一度夏侯惇様のところへ向かおうとしたところ、夏侯惇様とちょうどよく鉢合わせた。

「何だとは何だ、さっき言い忘れたことがあってな」
「え、奇遇ですねー私も聞こうと思ってたことがありまして」
「于禁のことなんだが」
「于禁様のことで」
「……ん?」
「……え?」

回廊で再び遭遇した夏侯惇様、相変わらず毛が不自然な盛られ方してるなあ、と思ってももう口にはしない、今度こそ確実にぶった斬られる。

さっき言いそびれたことを言えば夏侯惇様も言い忘れた事柄があったようで、お互いに口から同じ人物の名前が飛び出した、何この偶然。

「于禁様が何です?私そんな接点ないんで好みとか聞かれても知りませんよ」
「何故好みを聞かねばならんのだ、違う」
「じゃあ何です?私于禁様には嫌われてるっぽいんで、ついでにお尋ねしますが夏侯惇様はその理由なんて知りませんよね?」
「知らんな、そもそも接点がないくせに嫌われていると思う意味がわからん」
「何となくですよ、何となく、それで于禁様が?」
「あれは恐らく相談だったと思うのだが……于禁がなまえを見ると自分を処刑、断罪したくなると言うんだが、どういう意味かわかるか?」
「全然わかりませんね、嗜虐嗜好でもあるんですか?」
「いやそれは俺が聞きたい」

二人で唸りながらく首を傾げる、さっぱりわからん、于禁様は何が言いたかったんでしょう。

「……念のため一応言っておく」
「はい?」
「あの角の柱を見ろ、そっとだ、顔ごと向けるなよ」

しばし思案し、突然声を潜めて夏侯惇様が向こうを見てみろ、と促す。言う通り、顔ごと向けずに一瞬だけ視線を滑らせ、掠めた視界の中になんかおどろおどろしいものを捉えた。

「夏侯惇様ちょっと待ってください、冗談にしてはやり過ぎです、私まだ死にたくないんですが」
「……俺もずっと気になっていたんだが、お前と話しをしだしてからずっっっとあの調子で微動だにせずあそこに居たぞ」
「何ですかそれ、恐怖以外感じるものがない!」

極力声を潜める、角の柱の方に居たのは紛れもない于禁様だ、多分隠れているつもりなんだろうけど全然隠れられていない。おどろおどろしいものがだだ漏れである、存在を主張し過ぎて見付けてくださいと言っているようなものだ。

そもそも隠れているのかどうかも疑問ではあるが。

「……どうします?」
「どうもこうも、さりげなく会話を終わらせてさりげなくお互いに立ち去るのが自然だろう」
「相手が視界から消え、自分も相手の視界から外れたら即逃走ってことですね」
「ああ、俺は鍛練場方面へ向かうがお前はどうする」
「適当に人がたくさん居そうな場所へ向かおうと思います」

互いに武運を祈る、と小さく頷き合いさりげなく……本当にさりげなく会話を切ると、極力ゆったり背を向け自然な動作で歩き出す。

夏侯惇様はもうすでに于禁様を視界から外し、于禁様の視界からも外れたんだろう、微かに床を蹴る音を聞いた。私も早くそうしたい、だがまだ背に于禁様の視線がこれでもか!と言うほどに突き刺さる。

後数十歩行けば曲がり角に差し掛かる、曲がってしまえばこちらのもので即走り出せる、はやる気持ちをねじ伏せ一歩一歩確実に、慎重に歩を進めた。

後、一歩弱……!

くる、と若干不自然気味に角を曲がってすぐさま脚に力を込めると、走りいいように体勢を低く重心は前のめり、床を蹴れば何とも言えない開放感。

「あー怖かっ……たぶふっ!」
「む、これはすまぬ」

……からの閉塞感。

まるで地響きのように聞こえた声質は紛れもない于禁様のものだ、戦に出ている時の甲冑ではなく、普段城内で召されている衣服をきっちり着こなした于禁様の懐に私は突っ込んでしまった。

さっきまで向こうにいましたよね!?

「急いでどこへ行く?」
「え、あ、いや、急いでいるわけでは……その」
「先程、夏侯惇殿と何を話されていた?随分と深刻げな面持ちだったように見受けられたが何か問題があるのか?私でよければ話を聞こう、なに、心配するな、処罰しようなどとは思っていない」

一瞬で現れた于禁様にしどろもどろになる、怖い、これは怖過ぎる!しかもこの于禁様、よく喋られる。

何を話されていたのかも何もお前のことだよ!とはさすがに突っ込めない、嫌われているのだとばかり思っていたけれど、そうでもなかったようだ。

「私が聞こう、私に話すといい、私にできることであれば私が解決しよう」

むしろ物凄い勢いで友好的な態度をごり押しされていますね……。だからと言って夏侯惇様と話していたことを言えるはずもないので、うまくはぐらかせるかどうか不安しか見当たらないが、やってみるしか他に道はない。

「こんなに于禁様にご心配して頂けるなんて、いやはやもったいない、私はあまり女として淑やかな方ではありませんので于禁様には白い目で見られているものばかりだと思っておりました、夏侯惇様にもう少し慎むべきでしょうか、と尋ねたところでして……!」
「ほう」

よくもまあこんな嘘八百をつらつら言えたものだ、自分でも驚いた、全てが嘘八百というわけでもないからあながち間違っちゃいないけど。

「私はお前を……そう、嫌っているというわけではなく、むしろ好まし……」
「……え」
「いや、戦場でのふざけた態度は厳罰に処する……としたいところだが、それによって兵らが士気を取り戻すのであれば多少は目をつむっておく……いや、私が言いたいのはそういうことではない」
「う、于禁、様?」
「とにかく!」
「ひっ!?」
「近いうちに少々語らいたい、また追って連絡をする」

于禁様はそれだけ言うと背を向けて去ってしまわれた、多分これって自惚れたことを言えば告白に近くないですか?心なしか動揺してるように見受けられた。常にはっきり物申し、何事も言い淀むことなく発言する于禁様がしどろもどろだった。

なんか語らいたいとか言われたよね、今。語らうって何を?情勢についてとか外交とか?あーむりむり、そういうの私疎い、呆然とその場に立ち尽くして私はもう一度夏侯惇様に相談しにいこうと床を蹴った。

仲良くなりたい于文則。
20131226
20200422修正
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