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※エンパ仕様

君主殿が居なくなった。

騒ぎ出した臣下らが慌てふためきおろおろと挙動不審に陥るさなか、君主の重臣、側近である于禁はいち早く捜索の隊を手配し城内と城外に使いを出した。

その手際の良さは冷静でなければ出来ない芸当だ、さすがは于禁様だと皆は感心する、しかし当の本人は冷静どころか今にも発狂しそうになる己をすんでのところで押し留めているさなかである。

それもそのはず、我が君主が己に一言も声を掛けず外出することなど、今までに一度たりともなかったのだ、たかが散歩であれども必ず同行させて頂くこともまた常であり、当たり前のこと。

それが何故か急にふらりと、まるで煙のように何時の間にか姿を消した。今日は朝からずっと薄暗く、ひんやりとしていて雨が降っていた。嫌な胸騒ぎを覚え、于禁自身もまずは城内を駆けずり回り、ひと部屋ひと部屋くまなく捜索を開始。

城中の者を総動員し、使えるものは全て使った。城内には居ないようだ、女官や侍女、文官も武官も首を振り、城外へとやった使いもしばらくして戻って来たが、何ひとつとして目ぼしい情報は得られなかった。

募る焦燥と不安、もしや間者、匈奴などに……その線も考えてみたが、君主殿の武勇は並々ならぬもの、その点はあまり心配はないだろうが、一応念のために城の警備を強化させておくべきか。

城外の衛兵を倍にせよと命を出し、于禁は護衛も付けず、外套を羽織ると直ちに馬に跨り城を飛び出した。

雨粒がきっちりと整えた髪を濡らし乱す、額に張り付く前髪を邪魔だと言わんばかりに、乱雑に掻き上げ一心不乱に馬を走らせる。

どこに居られる、何故何も仰らずに。

最近変わった様子は見受けられなかった、いつものようにのらりくらりと緩い姿勢に喝を入れさせて頂いたが、相も変わらずへらへらとされていた。思い詰めた様子など微塵も……。

数刻走っただけで既に外套はずぶ濡れ、馬を走らせた泥の跳ね返りで泥にまみれた、城外の裏手には細い林道があり、小高い丘となっている、細く急勾配なそこは馬を走らせることが出来ない。

もしや……と馬から降り、駆け足で細い林道に入る。曲がりくねった急勾配を全力で、息が切れようともなり振り構わず走り続けた、泥に足を取られそうになりながらひたすら猛進し、しばらくして開けた場所に辿り着いた。

「……なまえ、様」

小高い丘の上、降り注ぐ雨粒を受け衣類の袖や髪から雨粒を滴らせている我が君主、じっと天を仰ぎ微動だにしない。

その前には誰のものとも知らぬ墓標がぽつねんと立っていた、君主が見つかったことに安堵したのも束の間、彼女は涙を流しているようにも見えた。(この雨のせいだろうか)何故こんなところに墓標があるのか、一体誰がなんのために、なまえ様がここに居られる理由はなんだ。

……掛け替えのない者の墓であろうか。

遠からず、近からずといった距離からなまえを見つめ、于禁は悶々と思考を巡らせる。このように儚げな君主を見るのは初めてだった、今にも消え入りそうで、すぐにでも声を掛け抱き留めたい。しかし臣下である自分がそのような出過ぎた……不埒な真似をするべきではない。

上げかけた両手の拳を硬く握りしめ、同じように上を見上げる、降り注ぐ雨粒に目を細めた。

何があるわけでもない、瞬きすら忘れてしまい、なまえの周囲だけ時が止まってしまったかのような錯覚を覚える、于禁は異様な雰囲気に声を掛けることすら出来ず、ただただなまえを見つめ続けることしか出来ずにいた。

「……于禁」

どのくらいの時が経ったのか、ふとした拍子に緩慢な動作でなまえは振り向いた、小さく紡がれた己の名に弾かれたように足を踏み出すと、于禁は傍に駆け寄り自分の羽織っていた外套をなまえに掛けた。

ずぶ濡れた外套だが何も無いよりはずっといい。

「……風邪を召されますゆえ、早急に城へお戻りください」
「外套、ありがとうございます」

私は、気の利いた言葉のひとつさえ言えぬ……。

「皆、肝を冷やし心配しております」
「心配掛けてごめんなさい」
「……何故何も仰らずに外出など」

いつものようにへらりと笑ったなまえ、于禁は妙であると違和感を覚えた、まるで覇気がない。女子で更に己よりも年が下であるが、彼女は君主として申し分ない器を持っている。人柄も非の打ち所がない。(多少の怠け癖は……今は触れないでおくものとする)

「呼ばれたんです」
「……は」
「ここに、呼ばれて来たんです」

于禁を見上げ、再び天高くぐずついた空を仰ぎ見るなまえ、言っている意味が理解出来ず于禁は眉根を寄せた、少し思案し、まさかと慌てて口を開く。

「今、逝かれては残された者達が」
「悲しんでくださる方が居るのは嬉しいことです」
「悲しまぬ者が居られましょうか、なまえ様の人柄、人望、器あってのこと」

当たり前のことを言ってのけた、それだけだというのになまえは冷たくなっているであろう頬を染め、心底嬉しそうにはにかむ。その表情に于禁は胸の奥から突き上げてくるような感情をひた隠し、恐る恐る核心へと触れる。何故このような場所へ?この墓標は一体……。

「安心してください、私はまだ死にません」
「ええ」

凛と透き通った声、視線を戻したなまえは于禁をまっすぐに見つめた、気付けば儚げな雰囲気などとうにいなくなっている。

「これは私のお墓です」
「……は?」
「未来の私のお墓、行く末がどうなるのか、これから何が待ち受けているのか進むべき道に迷っていて、そんな時に聞こえたんです、先の未来を考えてうだうだする前に、今すぐのことを、目先のやるべきことをこなしていけば自ずと道は開けていくものです、って」
「しかしそれがご自身の墓とどういった関係が?」
「けじめです、まだ死ねない死ぬわけにはいかないって自分を戒めるために」
「僭越ながら言わせて頂きますと、実に難解な……」
「何とでも言ってください、自分のための道標ですから」

本当に心配掛けてごめんなさい、そう笑うなまえはいつもの、通常通りのなまえ。

「んー……ずっとずっと先の話ですけれども、いいですか?」
「何なりと」
「出来ることなら一緒のお墓に入って欲しいなあ、なんて思ってみたり」
「……」
「あれ、于禁?」
「そ……な、何を、お戯れを……っ!」
「私が死んだら于禁は悲しんでくれますか?」
「な、何、何を急に!」
「こんなにぐっちゃぐちゃになって、なり振り構わず私を探して必死になってくれる、私はそんなあなたが愛おしくて堪らないです」

ありがたき……しかし過分なお言葉なれば!

20130109
20200421修正
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