己の内に潜むどす黒く、哀れな感情を揶揄するかのような物の怪の面で顔を覆い隠し、戦場にて合間見えた将に軽んじられぬために外套を羽織り全身を包む。
自分が誰であるか、素性を知られないように戦の前線で獲物を振るう、全てを薙ぎ払いまとわり付くしがらみを振り切るように、私が私であり続けられるのは喧騒にまみれ血生臭いこの場所だけ。
全部忘れてしまえたらいいのに、最初から何もなかったことにできたらいいのに、無心に、一心不乱に獲物を振り回し、己の前に立ちふさがる奴らをはじから肉を斬って筋を抉る、溢れ出すどす黒くも見える液体はひどく汚く穢らわしく思えた。
鮮血とはよく言ったものだ、噴き出すほどに溢れるそれは、お世辞にも綺麗とは程遠い。世の中は汚いものばかりだ、弱い者には厳しい世相、こんな世界で覇道だ威光だ太平だ仁だ……そんなもの、綺麗事に過ぎなくて、ひっくり返せばどこもかしこもどろどろした感情が渦巻いている。
どうせ雇われの身だ、戦を抜け出しても誰もわかるまい、ちっぽけな眼前の世の中に辟易し、戦禍からするりと抜け出した。
鬱蒼とした細い獣道を駆け抜け背の高い木々に登る、枝から枝へと飛び移っていると眼下には戦の喧騒が窺えた。
「……きたない」
「おや、戦場に物の怪がいると聞き及んでおりましたが……ここに、こちらに居たとはいやはや驚きですなあ!」
一進一退、押しつ押されつの攻防を高い木の上からぼんやり見ていたら、真下から驚愕をわざとらしく声に出す人が居た、誰だこいつ。
「私は今から奇襲に向かうところでして、ああ、陳宮と申す、以後お見知りおきを」
「はあ」
奇襲に行くことをわざわざ言ってるけどこいつなんなの馬鹿なの?返答に困って曖昧な返事を口から出すと、この陳宮とかいう人はこっちを見上げながら次々と質問を投げかけてくる。
同じ勢力同士ここで会ったは何かの縁、仲良く、仲良くいたしましょうぞ!してあなたは何故こちらへ?物見というわけではなさそうですなあ、もし暇がありましたら共に奇襲へと赴きましょうぞ。
矢継ぎ早の言葉の羅列、どこで息継ぎをしているのだろうか、実によく回る口に思わず感心する。
「遠慮します、この戦、飽きちゃったんで」
「おやおや、これまた奇遇、奇遇ですなあ!」
「……」
「実は私もこの戦はあまり乗り気ではありませぬゆえ、お誘い合わせた奇襲でしたが、ふむ、ここは共に戦場を脱しましょうぞ!」
「何故……」
私なんか、そう言いかけて口を閉じた。この陳宮というやつがあまりにもキラキラと瞳を輝かせて希望に満ちた眼差しを寄越すから、何故だかよくわからなかったけど、さっきまで感じていた嫌な気持ちが綺麗さっぱりいなくなっていて、興味本位からするりと彼の前に降り立った。
「……思ったよりも、ちっちゃい」
「なぬー!失礼、失礼ですぞ!」
「……ごめんなさい」
「実に素直!ふむ、今回のところは水に流しましょうぞ」
くるくる変わる表情は見ていてとてもおもしろかった、野望が静かに燃え、ひた隠している二心、渦巻く邪心が私にはよく視えた。面白みのかけらもない世の中、暇つぶし程度にはなるだろうから彼についていくとしよう。
きっとこの人なら私の常を壊してくれる、なんとなくそんな気がした。
20150830
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