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彼の匂いが好きだ。

同じ柔軟剤を使っているはずなのに違う匂い、きっと彼自身が持ってる香りなんだろうなあとぼんやり考えながら部屋の主が不在の間、彼の匂いが一番よく残っている寝室で膝を抱えて座った。

彼もとい荀攸さんとは結婚を前提にお付き合いをさせてもらっている、年齢が少し離れている恋人である。

会社は違うし休日もてんでんばらばら、性格もお互いに合うはずがないと思うほど趣味も好きな食べ物も違う。それなのに何がというわけではないけれど気が合うのだ、一緒にいるだけで幸せだし彼のそばは居心地がいい。

今日、荀攸さんは仕事だが私は休み、許可をもらって荀攸さんのマンションでくつろいでいる。散らかっているが何もしなくていいとは言われたけれど、言うほど散らかっていないし私の部屋よりも綺麗かもしれない。もし突然荀攸さんがうちに訪ねてきたらてんやわんやしてしまうのが想像に難くない。ちゃんと片付けておこう。

何もしなくていいと言われたものの本当に何もせずぐうたらしているのは恋人として名折れ、妙な使命感に駆られてついつい洗濯物と掃除機に手を掛けてしまった。もしかしたら荀攸さんは恋人といえど勝手に私物に触られるのが嫌かもしれない、全て片付けてからふと罪悪感に包まれて一応一言連絡を入れておいてみた。

しばらく既読の気配がなく連絡したのを忘れかけた頃に電話がかかってきて、申し訳なさそうな荀攸さんの声が届いた。

「すまない、くつろいでいてくれてよかったんだが」
「んーん、こっちこそごめんなさい、勝手に触っちゃって嫌な気持ちにさせちゃうのやだなって思って」
「いや、今週は忙しくて溜めていたからありがたい」
「えへへ、そういえば荀攸さんは今お昼?」
「ああ、会議が長引いて少し遅めの昼食を」

荀攸さんの物腰柔らかいところが本当に好き。貴重なお昼休みに電話をかけてくれる律儀さもピンク色のため息が出ちゃう。
通話口の向こうで荀攸さんが微かに笑った気がしたのでどうしたの?と聞けば、咳払いのあと僅かに下げられた音量の声で何かをささやいた。

「それと……た、ので」
「え?」

最初は聞き取れなくて聞き返せばちょっと早口でもう一度繰り返してくれる。

「長引いた会議に少々疲れて、なまえの声が無性に聴きたくなった、ので」

ずるい、本当にこういうところだ。

「なまえ?」
「あーっ!もう荀攸さん好き!ご飯の用意して待ってるから早く帰ってきてね」
「っ!絶対に定時で帰る」

確固たる意思を秘めた声、言ったからには張り切って作らなくちゃ。何作ろうかな、まるで夫婦みたいだ。

20200330
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テーマ「人外ファンタジー」
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