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全開にした窓から潮風が流れ込み髪の毛が踊る。

「周泰見て!海だよ海ー!」
「……ああ」

窓の外に向けていた視線を運転席の周泰に向けると彼はちらりとこちらを見て緩く微笑む、海が近い場所に住んでいて決して海が珍しいわけではないのだが、近場の海ではなく少し離れたところにある海水の透明度の高い場所へと私たちはやってきた。

珍しく休日が重なり、揃って早く起きてしまい何も予定を入れていないせいで暇を持て余すかと思いきや、周泰が出かける準備を、と一言。どこへとも何でとも教えてくれない彼に連れられ車で走り出すこと2時間ほど。

出発したばかりの頃私は多少の不機嫌さを滲ませていて、それを察した周泰は時折様子を窺うように視線を寄越していたのだが気が付かないふりを続けていた。そして例年よりもほんのり暖かい気温、薄く開けていた車の窓から微かに潮風の気配を感じたのを周泰は見逃さなかった。

突然車の窓を全開にしてびっくりさせられた私は「何なの!?」と機嫌の悪さを全面に押し出しかけて言葉につまる。眼前に広がった海はいつも見ている場所のものとは全く違っていて突然異国の地に来たかのような錯覚を起こしたからだ。

燻っていた不満も苛立ちも全て潮風が攫って代わりに全く別の感情をもたらしてくれる。

「……すまん、驚かせたかった」
「すっごいびっくりした!ありがとう周泰、それにごめんね、八つ当たりしちゃって」
「……構わん」

間近に迫った浜、ギリギリ一台停められる場所へと車を寄せ、周泰は後部座席に身をよじり何かを取り出した。正方形の小ぶりの箱、蓋を開けて渡されたそれは色とりどりの薔薇が敷き詰められたプリザーブドフラワーのボックス、滅多なことでもない限り贈り物をするタイプではない周泰からのサプライズだ、舞い上がらずにいられるわけがない。

「わあ!可愛い!」

箱を受け取り色とりどりの薔薇に魅入る、薄桃色を基調に白や薄紫、黄色のそれは上品さも可愛らしさも兼ね備えバランスよく整えられていた。
いつ買いに行ったのだろう、慣れない買い物だ、私のためにたくさん悩んでくれたに違いない。それにしても何故急にプレゼントをくれる気になったのだろうか、誕生日でも記念日でもない。そもそも周泰はご機嫌取りをするような性格でもない、となるとますます理由がわからない。
浮気やそういった類を疑うのは野暮というものだ、純粋な興味、理由がなければいけないなんてこともないのだが私はどうしても何かしらの理由を知りたい傾向にあるようだ。

そんな私の様子に気付いたらしい周泰は珍しく気まずそうに微かに視線を彷徨わせると、プリザーブドフラワーを持つ私の手に大きな手を重ねて口を開いた。

「……俺はなまえからもらうばかりだ、一緒にうまい飯が食える、共に寝、俺に触れてくれる、なまえの存在がどうしようもなく、愛おしくて仕方がない」
「え、ええ!?私、何か特別なことしたっけ?」
「……いや」

突然の告白、口下手とも言える周泰はいつになく饒舌、普段から愛情表現といえば体現することの方が多いのだが。
周泰からの聞き慣れない台詞に嬉しさもさることながら照れてしまって、どんな反応を返すべきかうにゃうにゃと意味のない音ばかりを口から出してしまう。当たり前だと思っていたことにもこんなふうに感じて感謝の気持ちを表してくれる、ああこの人を好きになって本当によかった。
私を好きになってくれてありがとう。

「好きだ、ずっとそばに」
「私も、大好き!」

ぎゅっと首を伸ばして周泰の頬に唇を寄せる、まあるくなった目がすぐに細められ、私の手に添えられていた周泰の大きな手がこの好機逃すまいと頬に移動して呼吸を奪われた。

20200313
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