short | ナノ
冬のこの時期、私には耐えられないものがひとつだけある。

「いたっ」

ぴ、と弾けるように走った痛みに思わず声を上げて顔をしかめた。天気予報のお姉さんが口癖のように繰り返す言葉ははまるで呪詛だ。

週末以降も乾燥による火の取り扱いに注意してください。

火の取り扱いはもちろんのことだが、まずは自分のケアからである。炊事洗濯掃除による手指へのダメージは冬の寒い時期がとても大きい、特に年末年始は家事全般でやらなければならないことが格段に増える。
大掃除というのは一年の中で一番キツイものだと思う、手荒れ滅びろと何度言ったことか。本気で治したいのであればしばらく掃除や洗濯、洗い物をしないに越したことはないが、そんなこと生活していく上では不可能だ。

「どうした」

思わず出た声が存外大きかったのかもしれない、リビングにいた于禁さんがキッチンカウンターからひょいと顔を覗かせた。

「大したことじゃないんだけど」
「……」

私の顔を見て、水が滴る手指に視線が落ちる。普段から消えることのない眉間の縦筋が一層濃いものになって、于禁さんは濡れたままの私の手を掴んだ。

「冬はいつもこうだったな」
「于禁さん濡れちゃう」
「治癒が追いつかないほど水仕事を任せきりにしてしまったようだ」
「だってそれは私の仕事だし」
「それは違う、家主は私だ、共に生活する以上お前だけに負担をかけるわけにはいかぬ」

拭け、とばかりにタオルを手渡され「残りはやろう」于禁さんが腕をまくり始めた。ただでさえ忙しい人だというのにたまの休日くらいゆっくりしててもらわなければ、専業主婦としての面目が丸潰れのような気がする。
平気だと食い下がっても于禁さんは頑なにそこを動かない、強制的に私の手をタオルで拭うと、そのまま手を引いてさっきまで自分が座っていたソファに座らせられた。

正面にテレビがあって、その横のCDやBDが収納されているラックの上段には救急ボックスが置いてある。中からいつもの薬用ハンドクリームを取ると、小粒の飴玉大ほど中身を出して、于禁さんは自分の手のひらで軽く伸ばした。
それを私の右手を取って、擦りすぎないように優しく丁寧に塗り込んでいく。ほんのり温かい手はとても大きくて、ごつごつしている。左手も同じようにクリームを塗り込む、マッサージをされているみたいで気持ちがいい。

「私はなまえには常に心身ともに健やかであってほしい、共に在ることで重荷になるようでは夫として失格」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟なものか、今夜の家事は全て任せよ」
「ええ!?いいよ、于禁さんはゆっくりしてていいって!」
「いや、そうはいかぬ」

俄然やる気になってしまった于禁さん、こうなった彼はもう誰にも止められない。よくよく揉み込まれた手を離され、これよりキッチンに入ることを禁ずる、そう釘を刺されてしまった。
嬉しいやら心配やら申し訳ないやら……。今夜の家事全てってことは夕食もだろう、気合いを入れて一心不乱に洗い物を始めてしまった于禁さんに、おいそれと声を掛けることも憚られる。
行き場がなくなった気持ちを表すかのように、クリームで滑らかな質感になった手指をいじる。ちらちらと盗み見るのも悪い気がして、テレビでも見ていようと思い立った。

「于禁さん」
「なんだ」
「テレビ、見てていい?」
「ああ、楽にしているといい、私のことは気にするな」

私が家事を任せたことに気を良くしたのか、于禁さんは微かに口許を緩めて答えた。今夜は煮物を作る、自信ありげにそう言って作ってもらった煮物は、ほんの少し甘口で、幸せの味がした。

10th anniversary
リクエスト:于禁/氷輪さん
20180101
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