short | ナノ
寡黙、ストイック、男前、器がでかい。

何事においても申し分のない人。

それだけを見るあるいは聞けば一見、どんな素晴らしく出来た人間だろうかと思う。ところがどっこいそんな素晴らしく出来上がった人間にもひとつやふたつ、どうしようもない……むしろため息せざるをえない欠点がある。妖怪か何かかと思わず尋ねたくなるのは毎度のこと。際限なし、限度も限界もなし、底無しのその体力。何故そんなにも有り余っているのか、言うなれば体力馬鹿と呼ぶべきか。


「……もう一度」
「むりです」
「……むりではない」
「だめです」
「……時間は、ある」
「いやです」


薄暗い寝室、今し方夕食と入浴を終えてさぁグッナイ!とベッドに潜り込んだところで周泰さんにおいしくイタダキマスされました、食事的な意味合いではなくてあっちの意味合い。体力馬鹿ではない、人並みの体力しかない私はぐったりと俯せに柔らかく大きな枕へと顔を無造作に埋め、くぐもった声で否定の言葉を並べ立てる。

正直しゃべるのも辛い。

屍のようになった私に2メートルもの身長を持つ、周泰さんが覆いかぶさりながらお伺い立て続けているが絶対に間違っても頷いてみたり、GOサインを出してはいけない。何を差し置いても絶対に、だ。さもなくばもれなく私が死ぬ、絶対死ぬ、確実死ぬ。


「……何故だ」
「胸に手を当ててよーく考えてみて下さい」
「…………」
「いや、私のじゃなくて」


馬鹿じゃねーのほんと馬鹿じゃねーの?胸に手を当て考えるって言ったら普通自分のでしょう、なんで私の胸に手ぇ当ててんだ、何考えてんだこの人。時々思うが、貂蝉(友達!)の彼である呂布先輩みたく、脳みそ筋肉で出来てんじゃなかろうか。

って、当てるって言うよりどう考えても掴んでますがなこれ。ベッドと私の身体の間に挟まれた胸、自らの手を器用に差し込んで掴みついでにふにふにしてやがります。

ぶっ飛ばしてやりたいのは山々だけれど、どこの巨人族の末裔かと思えるような周泰さんをぶっ飛ばしてやることなど、到底無理難題。

ここで周泰さんの紹介と、これまでのあらすじをひとつ。

大体、何故こんな状況に至ったのかと言いますと、周泰さんと恐れ多くもお付き合いさせて頂いている私は、毎週末に周泰さんのマンションにお泊りするのが習慣になっていまして、金曜日になると拉致誘拐の如くどこからともなく出現した周泰さんによって強制送還。

大学からの下校時だろうが、既に自分のアパートに帰ってきていようが、友達と買い物を楽しんでいようが、周泰さんは神出鬼没に現れて下さる。もちろん場所なんか教えてないのに、だ。時折知らず知らずのうちに身体にGPSでも埋め込まれてしまったのでは、と背筋が寒くなることもあったりなかったり。

ちなみに私は先月、なりたてほやほやの大学生で、周泰さんは世界有数と言っても過言ではない、蜀漢商事、曹魏株式会社と並ぶ大手企業、孫呉コンツェルンの幹部兼ねたSP。

大が付いても学生と社会人、出会い系とか援助なんちゃらなんて怪しいものじゃなくて、ちゃんとした普通の出会いだし、今思い返せばちょっぴりほろ苦……いや、しょっぱかった……かな?

えぇと、お付き合いを始めてそろそろ半年だからあれは高校受験真っ只中、まあまあレベルの高い大学(今の大学なんだけれども)を目指していて、ラクをしたいからと不純な理由だったけど、推薦狙っていたからそりゃあもう死に物狂いで。

小学校から付き合いのある親友の尚香も希望大学が同じでよく私の家で勉強会をしてたっけ、尚香の家柄がとてつもなくいいのは知っていたし、いいところのお嬢様だからと気兼ねされたくない、と自宅には誰も招待したことがないらしかった。

もちろん行ってみたいと思ったことはあるけれど、尚香はいいところのお嬢様である前に尚香という一人の女の子、親友として気兼ねなく仲良しでいたいから、いい意味で私は特別扱いしたりしない。

長い間付き合っていて尚香も踏ん切りがついたのか、心情のほどはわかり兼ねるけれどある日勉強会をうちでしましょう、と尚香からのお誘いが掛かったのだ。

急にどうしたのかと訳を聞けば、いつまでも事実を隠し続けるわけにはいかないし、いずれはわかってしまうことだから、それに親友であるなまえなら私がどんな家の人間だろうと、変わらず親友でいてくれるって信じてるもの!と、嬉しいことをさらりと告げられた。

その言葉に感激しまくっていた私は二つ返事で了解した後、学校帰りにお邪魔して衝撃的瞬間を目の当たりにすることになる。いいところのお嬢様といえ、どういった類のいいところなのかは全く知らなかったからまさか大企業の中の大企業、孫呉コンツェルンのお嬢様とわかった時には腰が抜けるかと思ったほど。

私みたいな凡人の中の凡人が親友でいてもほんとにいいのだろうか、友達は選びなさいと家の人に言われたりしないだろうかと思ってしまったことは、絶対怒るから決して本人には言わないが。

そんなこんなで初めてお屋敷とも呼べるような親友の家にお邪魔させて頂いて、勉強会をしていた途中お手洗いを借り、むだに広く部屋からお手洗いまでが遠い廊下を歩いていた折に、私はやらかした。

そう、迷子になったのである。

携帯は鞄の中、つまりは部屋。

尚香が気を使ってくれていたのか使用人みたいな人達は全く居ない、というか人の気配が皆無。初めて人の家で迷子になったよ!といやに感動はしたが如何せん笑えない。もはや泣きそうになりながらさ迷うこと数分、尚香の部屋と似たような扉を見付け、多分ここだと安心してドアノブに手を掛けようとしたところ。

ノブに触れる前に扉が開いて勝手に尚香だと思い込んだ私は、出てきたのがちゃんと尚香だと確認せずに半泣き状態で抱き着いた。なんかほんの数分離れただけで随分でかく、筋肉隆々みたいなことになったね尚香、ごつごつした感触に違和感を覚えて顔を上げたら見知らぬ男性。(それが後の周泰さんである)

慌てて離れ、あまりのでかさに思わず「ぬりかべ!?」なんて失礼窮まりないことを口走ってしまい、ものすごく怖い顔で見下ろされた時には意識が遠退きかけた、本人曰く、怖い顔をしたつもりはなかったらしいがほんとに怖かったのだ。

そして周泰さんの背後からひょっこり現れたのが、尚香のお兄さんで周泰さんの上司の孫権さん。私のぬりかべ発言がドツボにはまったらしく盛大に爆笑しながら、周泰さんの背中をばしばしと叩く。

笑い過ぎて目に涙を溜めながら、そういえば君は誰だと尋ねてきたので、尚香の友人であることを伝えたら、まるで自分が友人であるかのように歓迎して下さった。

尚香の友人だというのに何故こんなところに、とも尋ねられお手洗いを借りた際に部屋への帰り道がわからなくなったのだと答えたら、孫権さんは再び爆笑し始めてしまい今度は周泰さんにまでも笑われた。

恥ずかし過ぎて死ねると思ったくらいだ。

で、孫権さんと周泰さんにお手数おかけして、尚香の部屋まで案内してもらい帰りが遅いと心配し始めていた尚香に事情を知られ、またもや笑われたのは言うまでもない。

それが周泰さんとの一番最初の出会い、後にちょくちょく遊びに行ったりするようになって、周泰さんとも何度か顔を合わせてはお屋敷だけではなく、ばったり街で会った時にも挨拶する仲に。

決め手はべたべたでありがちなことだが、学校から帰るのに私は電車通学で、自宅の最寄り駅へと着いた途端にバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われ呆然。

夕立やスコールみたいなものならきっとすぐにやむ、としばらく駅で雨宿りをしていたのだが雨は勢いを増すばかりでやむ気配を一向に見せない。

やまない雨だけに病むわあ……ぷふー。

独りつまらないギャグが脳裏を過ぎり、もはや自分で失笑。別に走って濡れて帰っても構わない、しかし私は受験生、鞄の中にあるノートや本番用の履歴書がよれよれになるのだけは困る。

どうしようか迷っていると、ふと頭上に陰が差して振り向けば周泰さん。私が乗ってきた何本か後の電車に乗ってきたらしい。何しているのか尋ねられて事の経緯を伝えると、無言で手にしていた傘を私に押し付けて自分は走り去ってしまったのだ。

これに惚れないわけがない。

それからは尚香にわけを話して協力をして頂いて、偶然を装い周泰さんが尚香の家にいる時を狙ってお邪魔したりと、受験生のくせして勉強も恋も両立させていたあの頃の自分には拍手を送ってやりたいくらい。

それでみんなよりも早く学校推薦で11月に受験、見事合格出来た上に玉砕覚悟の告白で周泰さんにOKをもらえて、一生分の幸運を使い切ったんじゃないかとこの時は思った。

今も順風満帆で幸せ絶好調!

……とは少ーしだけ言い難いかもしれない。うん、周泰さんの体力の話ね。


「……なまえ」


ぼそりと名前を呼ばれ、はたと我に帰る。

いつの間にか周泰さんは私に覆いかぶさったまま、首筋に顔を埋めて時折軽く歯を立ててみたり、掴んだままの胸をふにふにしてみたりとやりたい放題。時折ぴく、と無意識のうちに反応して肩が跳ねてしまうことに周泰さんは満足げに笑う、更に言えばその瞳は爛々としていて今か今かとタイミングを見計らっているようだ。


「いやだからダメですってば」
「……だから、何故」
「私、死んじゃいます」
「……この程度では死なん」
「だから」


あーもーだめだ。

この人だめだ、もう何言っても無理だわ。

身体を軽々持ち上げられくるりと反転、周泰さんと向かい合うようになり、少しだけ視線をずらせば壁に掛かっている時計が見えた。12時すら回っていないとはどういうことだ、ぐったりとした私の中ではもうすでに、丑三つ時くらいにはなっているものだと思っていたのに。

裏切られたような気分の中、また周泰さんと視線を絡ませれば、ほら何も問題はないと言わんばかりに見つめられる。問題がないと言うのはつまり、時間的にも体力的にもという意味だ、後者の意味合いではそれこそ周泰さんだけなのだが。


「……好きだ」
「……っ!」
「……なまえが、好きだ」


この攻防もどうやら時間の問題らしい、諦めの悪いというか執念深いというか、悪くいえばしつこい。何度この手に引っ掛かったのやら、不意打ちの"好きだ"発言。肩に顔を埋め擦り寄りながらひっそりと呟くのだ。

まるで大きな子供(あ、犬でも可)

こうなったが最後、周泰さんは私が頷くまで繰り返し好きだと言いまくる、それこそ普段の寡黙さからは想像がつかないほど饒舌になりながら。


「……全部」
「はい?」
「……なまえの全てが、ほしい」
「え、う……」
「……俺の全ても、なまえにやろう」
「しゅ、周泰さ」
「……愛している」


返す言葉がなかったわけじゃない、言うより早く周泰さんが顔を上げ、私が言葉を口にしかけたのを己の唇で塞いで下さったのだ。それからはもう流れるような動作で事に至ってしまうわけで、最後は半ば強制的なのが常になりつつ相変わらず主導権は周泰さんが掴んだまま。

あれやこれやと文句を言いつつも結局は幸せだなあ、と思えてしまうから、されるがまま彼に身を任せてしまうのである。今更ながら大分彼に毒されているようだ。

20100602
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