同じ寝台の中で眠る目の前の人――周泰、字を幼平と言う――の左目には縦一直線に延びる傷痕がある。初めて出逢った頃すでにあったということは、きっと水賊時代に負った傷なのだろう。
寡黙で口数の少ない彼が自分から己の過去を話すことは皆無、話したくないのか単に聞かれないから話さないのか定かではないが、なんとなく聞かれたくないと思っているような気がして、晴れて恋仲になった今でも決して聞こうとは思わなかった。
が、同じく元水賊だった甘寧は全くと言っても過言ではないほどにおしゃべりで、落ち着きなく過去の栄光(本人曰く甘寧様武勇伝)を誰彼構わず話したがる。
周泰とはえらい違いだ、水賊のやることなすことに栄光も何もあったものかと甘寧の話に凌統が噛み付けば、沸点の低い甘寧はすぐさま臨戦体制。
やれやれまたか、とふたりを窘める呂蒙殿の呆れ返る顔は毎度お馴染みのものと化しかけている。
そんな毎日のやり取りを、ぼんやりと思い出しながらふくふくと笑みを零し、普段なら絶対に見ることのできない無防備な周泰を見つめた。
「……」
「あ、ごめん起こした?」
「……いや」
ずれた掛け布団を引き上げ、掛け直してあげようとしたところで周泰の瞼が緩慢と持ち上がる。
同時にゆるゆると腰に回された腕に力が込められ、引き寄せられた。傷痕だらけの胸板に耳を押し当てれば規則正しい、遅めの鼓動を打つ音が伝わってくる。
「……なまえ」
「んー」
「……何も、聞かないのか」
「何もって、何を?」
「……昔の、ことを」
んー、と曖昧な返事を返し、周泰の言いたいことを考える。甘寧が自分でべらべらと過去について話すから、きっと周泰はそれに感化されたのだろう。
若干言いにくそうにすることからして、やっぱりなるべくは話したくないんだろうなと思った。そういうことは無理に話さなくてもいいし、わたしも差ほど気にしてはいない。
だから話せる時がきたらでいい、甘寧みたいに、とまではいかなくてもいつか、笑い飛ばしながら冗談めかして言える日がくるまで。
「聞かないよ」
「……何故だ」
「だって周泰あんまり話したくなさそうだったし、興味ないわけじゃないけど、嫌な思いさせてまで聞きたいとは思わないから」
「……すまん」
「謝る必要なんかないって」
ね!と周泰を見上げ、再びその傷だらけの逞しい胸に飛び付けば、目許を緩めありがとうとでもいうように瞼へと唇を寄せられきつく抱きしめられた。
(誰にでも思い出したくない過去のひとつやふたつあるものだ。)20100327
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