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腰よりも少し下、むしろ限りなく尻に近い腰に絡む腕からは絶対に逃れられないことを、理解はしている。まずは身分の差、次に力の差、今に始まったことではないのだが、始めこそ酷く狼狽したものだった。

身の丈が飛び抜けている上に、無に近い表情だが精悍、近寄り難い雰囲気に気圧される者も少なくない。寡黙さがそれを一層引き立てるとも言えようか、しかし本質は実直であり忠義に厚く、義理堅い一面も併せ持つ。

「周泰さま」
「……なんだ」
「この御腕のある意味がわかりません」
「……気に、するな」
「そうしたいところでございますが」

周泰さまの文官であるわたしは、文字の読み書きのできない周泰さまに代わり執務の書簡を読み、書き上げる。終えた戦や逆賊討伐の報告、周泰さまがおっしゃったことを書簡に記すことが役目。

いつものように軍師殿から預かった次の戦について記された書簡を持ち、お伝えするために机を挟み、周泰さまと向かい合う形で読み上げようとしたところ。

小さく手招かれ、横にと指示される。毎度のことだ、そうして周泰さまの横に参れば彼はわたしの腰に腕を回す。

例の如く、回された腕の意味についてを尋ねれば答えは毎回決まって、気にするな。更に書きものをする際には、恐れ多くも周泰さまのお膝の上に乗せられる。気が気ではない。

筆を持つ手がふるふると震え、文字が波打つ。書き損じてしまうと困るということもあるのだが、それ以上に困るのは首筋や耳元に、周泰さまの吐息が直に掛かることだ。

そのまま口を開かれ何か申されると、頭の中が真っ白になりどうしたらよいものかわからなくなる。

腹の底が痺れるような重低音、言葉の節々に漏れる吐息にはまるで術でも施されているのでは、と錯覚するほど。思わず聴き惚れてしまいそうになる声色。

「……続きを、読め」
「で、ですから今回は策を用いず、数で押し切り」

抗議の言葉を難無く遮られ(これも毎度のことなのだ)読みかけていた書簡の文章に一旦視線を落とす、周泰さまは依然として涼しいお顔をなさっている。

読み上げている途中であるにも関わらず、もとより腰にあった腕が不意にぐい、と力強く引かれ、思わぬ事態に書簡を取り落とした。

軽い音を立て、書簡が床とぶつかる。周泰さまへと倒れもたれ掛かる形になり、近過ぎた距離に鼓動が大きく跳びはねる。

「しゅ、周泰さ」
「……続きは、後でいい」
「え、え!?」
「……なまえ」

よすぎる体躯の中にすっぽりと収まったかと思えば、その痺れるような声色で名を紡がれ、もう返す言葉を見付けることは不可能だ。

ほだされ、されるがまま。
逃げられやしない。


寡黙な彼は愛情を体で示す
(斯く言うわたしも満更ではないけれど)


ナチュラルセクシャルハラスメンティスト周幼平。何しても好きだから、の一言で赦されると思っていそうなジャイアニズム精神も併せ持つのではないかと。

20100312
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