short | ナノ
ゆらり、厠からの帰りに不審な影を見た。

まさか私の命を狙う刺客かと、身構える。断じて幽霊やら魑魅魍魎だとは思っていない、もももちろん恐怖など感じておらんぞ、それにこれは春の訪れ少し前の気温が低いために肌寒くて震えているだけであって……とにかく、名族に怖いものがあるとすればそれは袁家の滅亡であり、決して幽霊や魑魅魍魎ではないのだ、あぁそうだそうだとも私は袁家の長だぞ!

「えんじょうざまあああ……」
「のわああああ!」

ふらふらと覚束ない足取りで揺れ動く影が急に振り返り、私に向かってきたかと思えばそのまま飛び付かれた。

ひいぃ!く、くそ!恐ろしくて腰が抜けたから尻餅をついたのではないぞ、こここれは飛び付かれた勢いで倒れたからであって……ん?

「えんじょ、ざまぁ」
「ってなまえか貴様!」
「うえっ、ぐすっ」

涙声になりながら名を呼ぶなまえ、あぁそうだなまえだ。驚かせおってからに馬鹿者が!そう怒鳴ってやりたいのだが如何せん。夜更けに一体何をしにきたというのか、涙声であるということは泣いているのだろう。

さすがの私も些か心配になる。

「どうしたというのだ」
「う、うぐっ」
「泣いているだけではわからんだろうが」

私の邸まで来るとは余程のことがあったに違いない、ここは袁家の主としての威厳と時折見せる優しさを示すべき。未だ泣きじゃくるなまえの背を優しく撫でながら、もう一度どうしたのかと尋ねてやった。

「え、袁っ、ふっ、え」
「ん?なんだ聞こえんぞ」

ふ、と俯いて口元を手で覆うなまえ、必死に嗚咽を漏らすまいとする健気さに、こやつも意外と可愛いところがあるものだな。そう思った矢先のこと。

「ふえっ……ぶえっくし!」

ひとつ大きなくしゃみをしたかと思えばそれが引き金となったらしく、連発してくしゃみを繰り返す。仕舞いにはむせ返って咳込む始末。

よくよく見れば、泣いているのではない。

これは涙声ではなく鼻声か、ぐいとなまえの顔を持ち上げてやればぐずぐずと鳴る鼻は真っ赤になっている。手にはちり紙を携えて。

「せっかく心配してやったというのに!」
「助けてぐだざい袁紹ざま」
「花粉症かお前!」
「あ゙い……」

だめですわたしもう死んじゃいます、花粉の猛威に完敗致した次第です。咳とくしゃみ混じりに言うなまえにほんの少しだけ殺意が沸いた。そんなもので死ぬわけなかろうが、馬鹿者が。

「うぇ、袁紹ざま、短い間でじたがお世話になり申じましだ」
「だぁぁ!だからそんなもので死なぬと言うておろうが!」
「ふぐしゅっ、お慕いして、おりました」

「おいなまえ?なまえ!?」


死亡推定時刻
(……ぐう)
(寝ただけか貴様!)


20100306
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