「呂布殿は進言をいっさら聞き入れて下さらぬようになった」
「仕方ないと腹を括るしかないんですかね」
「呂布殿を制御できるのは貂蝉殿のみ、しかし彼女もまた然り」
「救いようがないってことですか」
「左様、もはやこの軍の命数は尽きたも同然」
「張遼殿も己の武を示すとなれば周りが見えなくなる」
「あぁ……手に負えぬ」
天下を統一したはずだった。
弟子のなまえと共に知略を廻らせ呂布殿の武を各地隅々まで示した、抗う全ての強者は皆討ったというのに。戦は絶えず乱世が続く、残党に見たことのない軍勢が休む暇なく攻め込んでくる。
力で押さえ付け従順させられるものは知能を持たない動物であり、人間は違う。怒り、怨み、哀しみ、全てがないまぜになり、乱世は更に苛烈する。
当たり前の結果だ、己の欲望のままに武を振るい続けてきた当然の。予想ができなかったわけではない、きっとわかっていた。
ただ、わかろうとしなかった。
「呂布殿と同様に、己の知勇を振るい続けた私も同罪か」
「公台師匠」
「もはや誰にも止められまい」
純粋に認めてほしかった、己の才能を誰かに必要としてほしかったのだ。そうして乱世が終わればいいと願い、皆となまえと安穏とした毎日を送れたら。私は望み過ぎたのだろう、その報いが、ツケが今こうして表れている。呂布殿に敵うものなど、もう存在しない。
今や己の武ひとつでなにもかも捩伏せることが可能となった主に、策も謀も必要性を失った。
「なまえ」
「はい、師匠」
「そなたには暇を取らす」
つまり、この陳公台という軍師の存在も必要がなくなったということになる。と、なればいつ不穏分子と斬られるかもわからぬ。
ならばせめてなまえだけでも庇護せねばなるまい、私のために危険に晒すわけにはいかぬのだ、ここでなまえを失えば私には何も残らない。
「いやです」
「これは命令ぞ、そなたも軍師の端くれならばわかるであろう」
「わかっててもいやです、師匠の危機を見過ごす弟子がどこにいますか!」
「そなたは事の深刻さをわかっておらぬ!」
反発するなまえについ声を荒げる、互いにここへ残り犬死にすることはもはや必至、呂布殿らの武……いや、暴と呼ぶべき力に敵うはずもないことは重々承知のはず。
何故わからぬのだ、わたしはそなたを失いたくないというのに、何故なのだ。
「公台師匠、あなたはわたしに多くを教えました」
「……」
「どんな策を用いても呂布殿らには勝てないこともわかってます、犬死にはいやですけど」
真っすぐにこちらを見据えるその瞳、私はなまえに何を見出だした?頭が切れるから?従順だから?
それは違う。
どのような逆境に立たされようと、絶対に諦めないその姿勢に惹かれるものを見たのだ。打つ手はある、諦めなければ。
「再起を計りましょう、死んだら恩義も何もあったもんじゃないですから」
「つまりは、野に下ると」
「今更格好悪いなんて言ってられません」
軍師の一人や二人、いなくなったところで気にする連中でないことも承知の上だ。今は尻尾を巻いて逃げるのみ。彼らと真っ向から対峙できる武の持ち主が現れ、世を建て直せるその日まで。
どこまでも前向きななまえに、何度救われただろうか。今回もそう、駄目だ無理だと最初から諦め、弱気になっていた。再起は必ず訪れる、己の力を、皆の力を信じることを忘れるなと私が教えたことに対し、だから諦めてはならぬ。なまえはそう付け加えた。
「私としたことが兵法の基本を忘れていた」
「諦めも肝心とは言いますが、まだ諦めるには早過ぎます」
「よし、すぐにでもここを発つ」
「馬の用意を」
「悟られぬようにな」
大事ななまえ、ただの弟子としてだけではなくひとりの人間として、女性として愛おしい。
「なまえ」
「はい?」
「そなたを、失いたくない」
「わたしだって師匠を失いたくないです」
公台師匠のこと、大好きですもん。
その一言に思わず目頭が熱くなる、必ず護り通すと誓い、きつく抱きしめた。
歪曲的逃避行(さあ、還ろう安穏を求め)陳宮先生がモブだった時の産物
20100302
← /
→