怪しい人物を発見した。
否、怪しいと言うには少し言葉に語弊がある。よく見知った人物であるために、怪しい行動を繰り返す人物、と言う方が正しいだろう。
部屋の前を忙しなく行ったり来たり、言わずもがなあそこはわたしの部屋。用があるのであれば、さっさと入られたらいいのに。
入ることに何かしらの躊躇いを覚えているのか、もしくはすでに入って居ないことを確認したから、ああして部屋の周りをうろうろしているのか理由は定かではないが、おおよそあの部屋の主であるわたしを捜しているのだろう。
このような戯れ事をご本人様に言ったら癇癪を起こされるだろうが、そわそわと落ち着かない様子があまりにも可愛らしい。
しばらく遠巻きに眺めていると、痺れを切らしたのか独り言まで始める始末、いい加減お可哀相だと思い、わたしは背後からそっと近付いた。
「えぇい、なまえはどこにおるのだ」
「なまえはここにおります、本初さま」
「ぬわぁ!お、驚かすでない!」
「これは失礼致しました」
何食わぬ顔で声をかければびくり、と大きく肩を震わせ名門袁家の現当主、袁本初さまが振り向いた。手入れの行き届いた鳶色の長い髪が揺れる。
「して本初さま、ご用は?」
「……は?」
なんとも間の抜けた顔で聞き返す本初さまに、何かのご用でこのようなところまでいらしたのではと尋ね返せば、あぁ、うむ、と歯切れの悪い答えが返ってきた。
「ぐ、偶然通り掛かったものだから、たまにはなまえに声を掛けるくらいしてやろうとだな」
「そうでしたか!せっかく来て頂いたというのに留守にして申し訳ございません」
少々わざとがまし過ぎただろうか、盛大に驚いた振りをし恭しく頭を垂れる。懸命に偶然を装う本初さまに内心くすり、と笑みが零れる。
「どうぞお入り下さい、すぐにお茶をご用意致します」
「む……まぁ、そこまで言うのなら馳走になってやるとしよう」
「えぇぜひとも」
全く嘘が下手で素直じゃないお方だ。仕方がないふうを装いながらも至極満悦そうなお顔、隠しきれていない。名門袁家、すでに廃れかけた名族の威光、袁家がどうなろうとわたしが知ったことではない。
袁本初その人自身がたまらなく好きであるからこうしてお仕えする、この方が居ての袁家がわたしにはとても大切なのである。
「さ、どうぞ」
「うむ、頂こ……あづぁっ!」
「あ、お熱うございますからお気を付けて」
「お、お、遅いわ!」
愛すべき名族(そのヘコさも引っくるめて全部)5の本初かぁいいです
20100118
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