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目の前の人物と向かい合って若干前のめりの正座、微かに浮かせた腰、並々ならぬ殺気を漂わせて睨み合いながら互いの間にあるのはおもちゃのヘルメットとぴこぴこハンマーだ。

叩いて被ってじゃんけん……!

「ぽん、っらぁ!」
「っぶねえ!」

勝った方がハンマーを手に負けた方へと容赦なく攻撃する、負けた方は素早くヘルメットを手に取りそれで頭を守る。

若干横からスイング気味に流れたハンマーはその辺の均一ショップで売られている粗雑な作りのおもちゃだというのに「ぶぎゅぬ」となんとも形容し難い音を立てて、これまた似たようなおもちゃのヘルメットに当たった。

「なまえ!横からは反則だろ!」
「ごめんごめんつい力んじゃって」

小学生のような遊びに至ったのは書類整理があまりにも多く、集中力が切れて休憩と息抜きがてら引き出しから出てきたのがぴこぴこハンマーとヘルメットだった。これはやるしかないなと、同じように書類に飽き飽きしているように見受けられた李典を誘ったところ、ノリノリで腕まくりまでするほどだ。

デスクを離れ、カーペットの床に正座になると他の席から「いいぞもっとやれ」と野次が飛ぶ。
ちなみに何故このぴこぴこハンマーとヘルメットがデスクの引き出しに入っていたかというと、去年の忘年会のビンゴで最下位賞としてもらったものだ。めちゃくちゃいらない。家に置いてあっても邪魔なので、いつか何かのためにと職場のデスクに入れておいたのがこうも役に立つとは思いもしなかった。

「っしゃ行くぜ俺ェ!」
「おっとぉ!」

李典が勝った、素早くヘルメットを被ると頭上からハンマーが容赦なく叩きつけられ「べぶぎゅ」相変わらず謎の音を立てた。

「いったあ!これ逆にヘルメット被った方が痛い気がするんだけど!」
「お前のも結構痛いんだがな、仕返しだ仕返し」

ふふんと嫌味っぽく笑った李典に少なからず苛立ちを覚える、次に勝ったら間違えたふりをしてヘルメットでぶん殴ってやろうぜと心の悪魔がうっそり呟いた。まあそんなせこい真似しなくてもじゃんけんで勝ち続ければいいだけの話だ。

「負けないぜ俺ぇ!」
「その意気込みごとぶち負かして差し上げましてよ!」

お互い若干の早口になりながらじゃんけんを再開した、はたから見ればシュールだろうな、いい歳して小学生みたいなことをやっている。童心に帰るのもたまにはいいももだ、なあんて考えているうちに私が勝った。やんや野次が飛んでくる、面倒な仕事に飽き飽きしているのはみな同じ。

周りに流れかけた意識を目の前に戻しながら、ハンマーを手に取った流れでうっかり真横にスイングをぶちかましてしまい「あ、ごめ」李典がヘルメットを被ったのはいいのだが、押さえが甘かったようでヘルメットが吹き飛んだ。やばいと思った時にはもう遅い、飛んでいった方向にはすぐそこにこのフロアの出入り口があって、まさかこんな時間に別の部署の人がやってくるなどと誰が想像しただろう。

計算され尽くしたかのような軌道を描いてヘルメットは一直線に飛ぶ、その軌道上にフロアのドアを開けて入ってきたのはあの人は確かええと……荀攸といっただろうか。郭嘉に絡まれた時、話題に上がり名前を聞いた覚えがある。

あろうことかその荀攸の頭にヘルメットが綺麗にすとんとおさまった、ピタゴラスイッチかよ。李典は頭を押さえてドアの方向を見たまま固まり、私もハンマーをフルスイングしたままの格好で固まった。

他の席から野次を飛ばしていた人たちはこぞって何も見てませんとでもいうようにデスクに向かって俯いている。肩が小刻みに震えているのが見えたから間違いない、笑いを堪えるのに必死らしい。薄情者どもめ。もちろん私も頬が引き攣るのを極力抑える努力は怠らない、気を緩めたら終わりだ、笑う。

相手に不快な思いをさせてしまうし、すでに悪い印象が付いているのだ、これ以上印象を地というか奈落に落とすような真似はしたくない「あれ?荀攸殿そんなところに突っ立ってどうし……」荀攸の後ろから妙に背の高くてがたいのいい人影、あれは満寵だ。親しい知り合いというわけではないが、前にコピー機をつまらせた時に直してもらったことがある。お互いにコピー機をつまらせた人、それを直した人という多少の認識がある程度だ。

満寵はドアのところで突っ立ったままの荀攸を見て一瞬固まったかと思えばその表情は見る見るうちに綻んでいく。あ、待ってやめてやばい。

「ははっ!防災訓練にしてはちょっと小さ過ぎないかい?それ」

満寵は臆したふうもなく思いっきり笑って指まで刺している、固まっていた荀攸は最初から今まで1ミリも変わらない無表情のまま一言も喋らず頭に乗ったままだったヘルメットをようやく手に取った。まずい大変まずいこのまま満寵が笑い続けてしまうと荀攸はもっと不快感を募らせていくに違いない。ここは謝ったもん勝ちである、もはや李典など知ったこっちゃない。

慌てて荀攸の元へと走り、前に出る。

「あ、あの!荀攸……さん?すみません手が滑って、その、いや本当にすみません」

わざとじゃないんスよ、と横槍を入れてくる李典、図々しいな、ちゃんと一緒に謝ってよね!と軽く睨めば知らんぷり、平謝りでそそくさと逃げ出しやがった!どいつもこいつも薄情だ。

「はは!君、いい腕だね」
「満寵殿、笑っていないでこれを早いところ処理してきてください」
「ああ、ごめんごめん、じゃあその後の報告待ってるよ」
「……」

満寵がにこにこというか、わくわくといったように言葉を残すと荀攸はそこで初めて微かに表情を変えた。苛立ちを含むような視線を満寵に送りつけ、黙り込む。ため息が一瞬の沈黙を破り、私は慌ててもう一度しっかりと謝罪を始めた。白々しいかな。

「本当にすみません」
「これが于禁殿でなかったことがせめてもの救いです」
「ひえ……ごもっとも」

考えたくもない例えが飛び出し、想像しかけてやめた。于禁さんはむり、怒られるだけでは済まされない。この会社にいるかぎり一生睨まれて過ごす羽目になること請け合い。単なる冗談なのか嫌味として言ったのか、荀攸の表情は変わらず何も読み取らせない無のままだ。

これはお詫びのしるしとして何かした方がいいのだろうか、お昼をご馳走するとか。誠意と受け取ってもらえるかどうかは別として、言うだけ言ってみて様子を窺おう。

「えーと、荀ゆ」
「今回広報部と営業部と共同での企画について話があるのですが、担当は」
「あっハイ」

ご機嫌窺いをする前に荀攸が話の流れをぶった斬り、私は仕事の話に背筋をピンと伸ばさざるを得なくなった。共同企画の営業部担当は私だ、企画で使う広告の写真を何枚か候補に上げていたからそれだろうか。

本来は広報から出してくる案件だが共同ということもあって、営業で外出の多い私たちはいい絵があればいくらか写真におさめて使えるものがあればと提出していた。

「こちらの写真はどこで撮ったものでしょうか」
「あーこれは……」

荀攸がコピー機で出力されたらしい画質の粗い2枚の写真を取り出した、先週外回りに行った時のものだった。少し遠くて最寄りの駅も徒歩何十分のようなところの会社だったから社用車で行った場所だ。
人もまばらで寂れたビル街だというのに随分と手入れが行き届いている、明るい色のブロックが敷かれ小洒落た街路樹は白雲木という名前のネームプレートがちょこんと掲げられていた。

葉が大きく20ほどの蕾がこうべを垂れるようについている、そのうち2つ3つ蕾が開きかけたものがあってとても可愛い印象があったから、咲きかけのものをズームで撮ったものだ。満開の時はその木の名の通り、花同士が連なり青空にたなびく白雲のように見えるのだろう。

ここしばらく天気のいい日が続いて暖かいからほぼ満開になっているはず、荀攸に場所を教えれば満開の写真も欲しいのでその場所に一緒に行ってもらえないかと頼まれた。正直気まずくなるのではと思ったけれど気まずいのは私だけであって、荀攸からしてみればどうということもない仕事の案件だ。

于禁さんでなくて、のというくだりから嫌味に取れるようなことは言われていないし、それほど怒っているわけでもなさそうである。

「あ、荀攸さんはイタリアン好きですか?」

どうせしばらく一緒に仕事をするのであれば悪印象を回復させておかなければならない、本当なら仕事で好印象を与えればいいのだろうけど使えるものを使わない手はない。やれ好機とランチを提案してみる作戦だ。

「ええ、まあ」
「さっきのお詫びっていうのもどうかとは思ったんですけど、すっごく美味しい生パスタのお店を見つけたのでよかったらどうですか?」
「いいですね、行きましょう」

案外すんなり了承してくれたのには内心驚いたがこれでチャラになるのであれば万々歳、白雲木の花が散ってからでは遅いので明日早速外出することになった。カメラは向こうで用意してくれるそうだ、可愛らしい花だったし一枚自分用にも焼き増ししてもらおうかな。


満寵はひと足先に自分のデスクがあるフロアへ戻ってきて、堪えきれずに思い出し笑いを零した。
同時にデスクを離れ階下のフロアへと共に向かったが、未だその場に留まっているであろう荀攸の挙動をいくつも予想しながら。

すれ違いざまに荀攸の遠戚関係らしいと聞く荀イクが、不審げな表情で一瞥を寄越した。いつものことなので気にしないことにする。うちの広報部と営業部の合同企画のプロジェクト案を持ち出したのは荀攸だ、人との関わり合いにさほど積極的でない彼が何故、と不思議に思っていたが、この企画を進めていくうちに荀攸はとある一人の女性を気にかけているらしいことに気付く。

なまえだ、いつだったかコピー機を詰まらせた彼女の手伝いをしたことを思い出しながら、満寵はその時のことをなんの気無しに荀攸に話した。すると荀攸はほんの微かに前のめりに話を聞き、興味がないふうを装ったつもりなのだろうが満寵に対しての態度が僅かに冷たいものに変わったことを覚えている。

いつどこでどうして荀攸はなまえを知り、興味を持ったのか。そして好意を向けるまでに至った理由、滅多なことで人に対しての興味を抱かない彼のことだ、よほどのことがあったのだろうなと満寵は散らかり放題のデスクにつくと、腰を掛けて一息ついた。

「……おもしろいことになりそうだ」

満寵は口元を緩ませて、デスクに貼られた「いい加減片付けてください」と神経質そうな角ばった細めの字で走り書きされた正方形の付箋を剥がすと、丸めてごみ箱へと落とした。

20200812
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