short | ナノ
「おはよー」
「あ、おはよー」

いつもと変わらない朝、続々と登校してくる生徒にまじり、いつものように気怠さと共に学校へと向かう。

ただいつもと少しだけ違うといえば、昨日たまたま観ていたバラエティ番組に好きな俳優が出ていて、つい最後まで見てしまったものだから、寝るのが遅くなって寝不足気味。

眠い目を擦りながら、ふぁ、と大きな欠伸をひとつ。

「おっはよー!」

バシッと強く背中を叩かれ、その痛みに顔をしかめて振り返れば、鮑三娘がにこにこしながらそこにいた、彼女は常にテンションが高い。

「……おふぁよ」
「テンションひっくー!」
「鮑三娘が高すぎるんだと思う」

またひとつ欠伸をすれば、鮑三娘はそうか!とわかったようにつついてくる。

「昨日のトークのやつ観てたんでしょ、あんたの好きな俳優出てたもんね」
「うん、あんまり出ないから珍しくて、つい」
「あんな堅物みたいなののどこがいいかなー、それよか他のゲストの方がカッコよくなーい?」
「信じらんない、鮑三娘ってチャラ男趣味?」

全然チャラくないしーむしろ一番カッコいいのは関索だからぁ!と手を振り上げる鮑三娘を軽く流しながら、何度目かわからない欠伸を噛み殺した。

「なまえの趣味こそ信じらんなぁい!あんなひ弱そうなののどこがいーんだか」
「全部よ、全部」

なんていうか、強いて言うなら、儚げでちょっと頼りなさげの、抜けてる感じの雰囲気とか。ふにゃっとした控えめの柔らかい笑い方とか。

「そういえば、あんたの好きな俳優、なーんか徐庶先輩に似てない?」
「そう?」
「どこが、って言われると考えちゃうけど、なんとなく」

徐庶先輩、ねえ。

うーん言われてみれば、そんな気もするし、しないでもない。

「目を細めればそうっぽく見えるかもね」

ぼんやりする頭を振りながら、小さく呟いた。顔や出で立ちは全然似てない、だけど少し猫背気味で俯き加減な雰囲気は近いものがあるかもしれない、しばらくそんなことを考える。学校に着いて、朝のホームルームを終えると、今日の授業は朝から体育だ。寝不足の体には些か辛いものがある、それでも体を動かせば、少しは眠気も覚めるかと思って、授業は真面目に取り組もうと最善を尽くす。

しかしどうにも睡魔の方が勝っているようで、うまく体が動かない。2チームに別れ、バスケの試合をすることなりゴール付近をふらふらとさ迷う。

(がんばれ私……)

後に控える授業は歴史と生物、バレさえしなければ居眠りできる。どうにか眠気を振り払おうと、必死に暗示をかけながら意識を繋ぎとめる。

センターラインで攻防戦が勃発し、当分こちら側にボールが回ってくることはないだろう。頭がぼんやりしているせいもあるのか、周りの声がやけに遠く聞こえる。

「……え!……い!」
「なまえっ!」
「はい?」

そんな中、不意に大声で名前を叫ばれ俯き加減だった顔を上げた。

「避けてなまえ!」
「……え」

何、と言いたかったが、顔に何かが直撃してそれは口の中で消え失せた、瞬く間に世界が反転。傾く体を支えきることができず、そのまま仰向けに倒れた。その拍子に後頭部と腰までも強かに打ち付けて、あらゆる箇所から痛みを感じる。

一瞬だけ見えた茶色の物体は多分バスケットボール、ナイス顔面レシーブ。待て待て、レシーブってバレーでしょう。

誰かがそんなことを言っていた、怒る気にすらなれなかったのは、私がそのまま気を失ったからだ。

冷たい体育館の床に倒れ込む直前、入口のところに、昨日観ていたトーク番組に出ていた俳優の姿が見えた気がした。いや、まさか。

こんなところにそんな有名人がいるわけないじゃないか。薄れ行く意識の中ふと思った。ああ違う。あれは徐庶先輩だ、鮑三娘言ったこともあながち間違いじゃなかった、かなあ。


どのくらいの時間が経ったのか。

気が付いた時にはすでに日は傾きかけていて、部屋全体がオレンジ色に染まっていた。ゆっくりと起き上がり、辺りを確認してみるとそこは保健室。なんてベタな展開だろうか、倒れたあとずうっと昏々と寝てたってことだ、誰か病院に連れて行くとかしなかったのだろうか、いや、気を失って寝てるだけだと判断したのかもしれない。

現に私はこうして起きたことだし。ずきずきと痛む後頭部、バスケだというのに顔面レシーブを返して、倒れた時に後頭部も打ち付けたところがまだ痛い、その他にもあらゆる箇所が未だに。触ってみたらコブになっていた。

ベッドの脇には誰かが持ってきてくれたのであろう、自分の制服と鞄。

そして無造作に置かれた椅子、先程まで誰かがそこに座っていたらしい。保健室の先生もおらず、帰ってもいいのか判断に困っているとドアの開く音がした。足音はまっすぐこちらに向かってきていて、保健室の先生だろうか。

シャッ、とカーテンがめくられそこにいたのは、気を失いかけに見た徐庶先輩、意外な人物に目を丸くする。

「ええと、災難だったね」
「見てたんですか」
「あ、いや、うん、まあね」
「全くまぬけですよね」
「はは、でも大事には至っていないようでよかった」
「まあ……みんなの前で恥をかいたという、精神的ダメージ以外は全然問題ありません」

私の言葉に、ふと小さなため息を漏らし徐庶先輩は椅子に腰掛けた。目線の高さがほぼ同じになる。まさかとは思うけどもしかして、ここまで運んでくれたのは……?少し考えて徐庶先輩の顔を窺えば、彼は見透かしたように答えた。

「えっと、そう、俺がここまで運んだんだ」
「あ、ありがとうございました……」

なんてことだ、徐庶先輩に運ばれた、だと!?恥ずかしさと申し訳ない気持ちが入り混じり、顔から首まで熱くなる、そんな情けない顔を見られまいと俯いた。頭の片隅の冷静な部分は徐庶先輩って意外と力あるんだなあ、とぼんやり考える。

薄暗い保健室、夕闇はすぐそこまで迫ってきているから、顔の紅潮はきっとわからないはずだ。

「それと、理由はなんであれ、無理は禁物だと思う」
「……は?」

何事かと思い、俯きかけた顔を上げれば徐庶先輩の顔が目前にあった。そっとコブのできているところを撫でられる。大きくて筋張った手、男の人の手だなあ、なんて呑気にも思う。

「朝からふらふらしてた」
「え」
「授業中もだ、ほとんど上の空」
「う、はい……」
「睡眠不足に、間違いない、だろう?」
「……おっしゃる通りです」

全く、というように長くため息をつかれる、体育の授業が終わってからすでに6時間以上経っている。それにしても、どうして朝から調子が悪いことを知っているのだろうか。徐庶先輩だって授業をしているはずだ。

きょとん、としていると後頭部を撫でられていた手が頬に触れた。

「その、うん、君は見ていて飽きないな、故に目が離せないんだ」

俺が何を考えてるか、わかるよね?

す、と細められた目がそう語りかけてくる。

「あそこにいたのは偶然じゃないんだ、なまえの体育のクラスでバスケをするって聞いて」
「こうなることを見越してたんですか?」
「言ったじゃないか、目が離せないって」

心臓がうるさい。

もう何を考えたらいいのか、思考回路が追い付かない。ぱくぱくと何か口に出そうとするが、声を出すのさえもうまくいかないみたいだ。徐庶先輩はふにゃりと笑うと、人差し指を私の頬にそっと寄せた。

「どうしようもなく好きなんだ」

眉尻を下げて困っているふうにも取れる笑顔を見せた徐庶先輩に魅入ってしまう。弧を描く唇の形がとても綺麗だった。端正な顔が目の前に迫る、私がほんの少し前に出たらくっついてしまいそうなほど、近い。

「え、あの!」
「……いや、だったかな」
「い、いやとか、ではなくて」
「はは、よかった」

何がいいのかよくわからないけど、身を引こうとすると悲しそうな表情をされてしまう、それにこの捨てられそうな子犬の目!儚い!控えめ!なんてことだグッとくる!わざとなのか、無意識なのか、どちらにせよあざといけどついつい魅入る。

すると突然、おもいっきり腰の辺りから引き寄せられて、逃げられないように頭を固定される。不意打ちの急襲、深く、深く執拗な。

「っ、ふ、は……」
「なまえが好きなんだ、ずっと前から、君だけを見てきた」

満足したのかやっと解放された時には、急なスキンシップ(なのだろうか)に対しての抗議する気力なんて、ほとんど無に近かった。

肩で息をする私とは反対に、徐庶先輩は平然としていて、唯一違うといえばさっきよりも増して満面の笑顔ていたということだけ。

「ええと、帰る?」
「あ、はい」
「もう暗いし、送るよ」

これだけ事がスムーズに進んだのも、奇跡的に保健室に誰も来なかったのも、全てが仕組まれていたことに気付きもせず私はのうのうと生活し続けていた。

「……計画通り」
「なんですか?」
「いや、なんでもないよ」

And say,ha
(ええとしってるんだおれのことすきなんだろうそうだろうねえいってくれないかすきだってあいしてるって)

げんちょくのわな
20140207
20200713修正
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