short | ナノ
何か大変なことが起きる時、必ずその前兆があるという。それに気付けるか気付けないかで運命すらも左右される可能性も少なくない。

そしてその前兆に気付けず、昨晩はぐっすりだったことにこんなにも後悔するなんて、昨晩の時点で夢にも思わなかった。前兆らしい前兆といえば、張コウ殿がいつものようにくるくる回りながら"美しい"と言おうとしていたのを、噛みでもしたのか

"ふつくしい"

なんて言うもんだから、大いに笑って差しあげた途端に『美しくありません出直します!』と、叫びながら羞恥に悶え走り去ったことくらい。

当然のごとく私は何も悪いことをしていないし、仕返しされるようなこともしていない。ああ、それに加えてお酒だって飲んでないし、ひどく疲れていたわけでもなかった。

それなのに何故。

私は自分の部屋ではない、満寵殿の部屋に居て、寝床を供にしていたのかが全くもって理解不能だ。

「……誰か説明して」

くれるはずがない。

部屋には未だ規則正しく寝息を立てている満寵殿と自分しかいないのだ。恋仲とかそんな特別な間柄じゃないことだけははっきりと断言できる、食事の時間だったり、戦場でたまたま鉢合わせたり、よく会いますねははは、みたいな間柄なだけ。

それにいつまでもこんなとこでぼんやりなんかしてられない!とにかく今は、何故こんなことになってしまったのかということよりも、満寵殿が目を覚ます前に部屋から出ることが先決だ。

もし寝込みを襲いにきた、なんて勘違いされでもしたら私の人生お先真っ暗。私は一端のただの兵、上官でなんかめっちゃ頭のいい軍師で罠を作ることに命かけてる満寵殿に粗相をして首が飛ぶのは(物理的にも)御免こうむる。すでにこれが粗相であることに関しては少しの間置いておいて欲しい、満寵殿に気付かれる前であれば粗相ではないとすることができる。何もなかったことにできる。

天寿を全うして家族に看取られながら逝くって決めているのだ、若くしてのあの世逝きだけは回避したい。早く自分の部屋に帰って寝よう、何事もなかったかのように寝よう。

満寵殿を起こさないように寝台を這いずりながら床に片足を付ける、もう片方の足も付いていざ帰る!としたところ。

「ん……やあおはよう、なまえ殿」

満寵殿がむにゃむにゃと覚束ない口調とは裏腹に、しっかりと目を覚ましておられて、これまたしっかりと腕を捕まえてくださっていて、いざ帰ることができなくなりました。

「え、お、おはっ……ようございま、す満寵殿」

怖くて後ろを振り向けない、怖くて何も聞くことが出来ない、怖くて手を振り解いて逃げることも出来るわけがない!満寵殿に背を向けたまま、どう逃げるべきか必死に思案するが、いい案が全く思いつかない。

挨拶をされたので、一応返してみたものの、それ以上言葉が飛んでくることはなく、気まずい沈黙が続く。

怖いもの見たさ、ある種の好奇心からほんの少しだけ後ろを振り返る。もしかしたら寝言かもしれない、手首をしっかり捕まれている時点で、その可能性は限りなく低いが。きっと寝言きっと寝言きっと!うん寝言!

「ふあ、どうしたんだいなまえ殿」

ガン見だ!やっぱり見なきゃよかった!眠そうに目を擦ってとろりとした眼差しではあるけれど、満寵殿めちゃくちゃこっち見てた、ほんとガン見だった目が合った!もう言い訳できな……っ!

恐怖ゆえに硬直していると、掴まれている腕とは反対の手、それが何気ない仕草で私の頬を緩やかに滑る。

「……っ」

カッと顔に熱が集まり、合ってしまった目が逸らせない。な、なに?なんなのこの空気、どうしちゃったの!

「え、あ、あの、わたっ……私!」
「昨日は驚いたよ」
「な、何が……ですか」
「まさかなまえ殿が」
(ヒィ!何した私!)

寝そべっていた身をゆっくりと起こし、満寵殿は寝台から降りようとしていた私を引き寄せて、向かい合うように腰掛けさせる。

がちがちになったままの私はされるがまま。ああ、自分は何も記憶にないというのに満寵殿はなんか知ってる!ほんとに何したの私、まさか一夜の過ちを……!?

「私の部屋の前で、毛布に丸まって寝ているとは夢にも」
「もうお嫁に行けな……は?」
「部屋の前に、何かの気配を感じて見てみればなまえ殿がいてね、そのままでは可哀相だと思ったんだ」

満寵殿いわく、私は満寵殿の部屋の前で寝ていたらしい、それでそのままにしておくのも野暮だし風邪を引いたら事だと満寵殿のところで寝かせて頂いていたようだ。

……何て言うか、恥ずかし過ぎる。どれだけ寝相悪いんだ、夢遊病の気があるのかしら。

「もうほんとスミマセン、自分の寝相の悪さに泣けてきます」
「いやなに、見つけたのが私でよかった」
「へ?」
「城の中といえど危険は付き物、なまえ殿は武人である以前に女性だ、いや決して貶めているわけではないよ無防備なところを襲われでもしたら大変だ」
「それなら大丈夫です!私も兵の端くれ、腕には自信ありますもん」
「はは、頼もしいけれど世の中何が起こるかわからないからね、油断は禁物だ」
「そうですね、以後気をつけます」

心底ホッとした、一夜の過ちを犯したわけじゃなかったんだ、ふわりと微笑んだ満寵殿だが、いささか引き攣ってるような気がしないでもない、ふむ、まあいいや、あーほんとよかった。


ほんとうはね、このまま手篭めにしてしまってもよかったんだ。君は覚えていない……というより知らないんだろうけど、私が君を部屋からさらってここまで連れてきたなんて。寝る前に厨房で飲んだ白湯に混ぜ物をしていたことも気付いていないだろうね、機会を狙っていたけれどなかなかうまく合わなくて苦労したよ。荀イク殿や荀攸殿にばれてしまいそうになった時はさすがに焦ったなあ。彼らはこういうことに対してとても否定的だから、正攻法でと必ず戒めるだろうし。でも、正攻法でいったところでなまえ殿は私のことを好きどころか気にかけることは絶対にないとわかっていたんだ、意識してもらえない、ってね。なまえ殿の好みが夏侯惇殿や于禁殿のような渋好みだって知っているから、こうした卑怯な手を使ってでも私を意識させたかった。少し強引だったけれど効果はまずまず、かなあ。頬が微かに染まっていて可愛らしい、うん、これからもこの手でいこう。このまま抱きしめてしまったらどんな表情を見せてくれるのか気になるなあ、もう少し我慢が必要だろうか。

君にもっと触れたいんだ。

20140210
20200703修正
 / 
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -