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ああもう本当にいやだ、まだ日の昇らない朝。近くの村で正体不明の軍が村人と小競り合いを始めたという情報が飛び込んできて緊急の軍議をすることになった。

「満寵はどうした」

夏侯惇さんがじろりと私を見る、不平不満とともにこぼれそうになるため息を押し殺して口を尖らせた。

「や、知らないです」
「知らん?」
「もう来てるものだと、思ってて、その……」

いないことなど見てすぐにわかるだろうが、そう言いたげに睨みをきかせてくる夏侯惇さんに語尾がもにょもにょと弱くなっていく。言わずもがな起こしてこいと言いたいのだ。え、でも、だって。行きたくない気持ちを滲ませながら渋ってみたが、夏侯惇さんはいよいよ一言「行け」死刑宣告だ。

ちろりと他の人たちに助けを乞うように視線を走らせたが誰一人として目を合わせてくれる人はいなかった、白状だ。ほんの少しだけ泣きそうになりながらとぼとぼと満寵さんが仮の寝床として使っている部屋へと向かう。

お腹が痛い、これだけは勘弁して欲しかった。夜遅い緊急の軍議であればいくらでもいい、むしろずっと夜がいい。早朝だけは本当にいやなのだ、小競り合いを起こした連中は絶対に殺す。命乞いをしても絶対に許してやるものか、四肢を一本ずつ切り落として生皮を剥ぎ、香辛料をたんまりと入れた瓶に三日三晩漬けてやる。

どれだけのろのろ歩いても満寵さんの部屋にはすぐにたどり着く、部屋の前で呼吸と鼓動を整えてから(ちっとも整わなかった)震える拳で扉を叩いた。

「満寵さん、軍議です」
「……」

人の気配はするが返事がない、これはもうダメなやつだ。本当にお腹が痛い、意を決して中へ入ると足の踏み場がないほどいろいろなものが乱雑に散らばっていた。木簡に地形図、筆、何に使うのかわからない作りかけの罠の一部。その奥におおよそ寝ているふうには見えない行き倒れのような満寵さんがいた、床にぺらっぺらの布に包まって転がっている。

殺人現場かと思いきやむしろこれからそうなるんじゃないかと内心ものすごくビビっている、床に転がる私の屍……絶対いやだ。

「満寵さあん……」

返事はない、ただの屍のようだ。

起こしたくない、本当に起こしたくない。満寵さんはよく罠や新しい策についての思索を拗らせ夢中になることがよくあって、その間自分の食事も睡眠も周りの状況も忘れてしまうことがよくある。気付いたら三日間一睡もしていないなんてこともしばしば、ふと事切れて眠るのだがほぼ気絶といっても過言ではない。

一旦寝るとてこでも起きない満寵さんをむりやり起こすとどうなるのか。

生まれてきたことを後悔する羽目になる、これはそうとは知らずむりやり起こそうとしたとある兵の恐怖体験の締め言葉だ。死ぬ思いをした兵の話は瞬く間に広がり、万が一満寵さんを起こしに行く事態となった場合、彼はかなり背が高くて体躯もがっしりめだ。3、4人掛かりで押さえておかなければ容易に振り切られる。そして緩やかに起こすこと。というのが暗黙の了解となっている。

なのでこういった緊急の軍議で満寵さんがいない、急いで起こさなければならない役目は誰も絶対に行きたがらない、もちろん私も例に漏れずなのだが悲しいことについ最近から満寵さんの直属の部下となってしまい(人事め、いつか目にもの見せてやる)こんな状況下に置かれている。

以前二度ほど他の兵らと共に満寵さんを起こしたことがある、本当に怖かった。いつも柔らかい笑みを絶やさない人の無表情というのがこんなに怖いなんて。目は座っているし口は真一文字に引き結ばれ、漂う殺気に当てられてその場の全員の膝は笑いっぱなしだ。状況は笑えないのに。

「ま、満寵さーん」

ギリギリまで近付いて包まっている布をゆっくり剥がしていく、眠り込んでいる満寵さんの顔が現れて、寝息も全然聞こえないから少し死んでいるんじゃないかと心配になり、口元に手のひらをかざしてみた。大丈夫、微かだけれど息はある。

軽く肩を叩いて相変わらず弱々しい語調のままだが呼びかけを続ける、5、6回目の呼びかけで微かにまぶたが動いたような気がした。大丈夫眉間にシワはない、ゆっくり揺り動かしながら小さな小さな声で満寵さんを呼ぶ。

「……ん」

身動ぎをした!もしかして今日はこのままゆったりと起きてくれるかもしれない!いい兆候だと思って私は少し強めに揺さぶって再び名前を呼んだ。

それが間違った選択肢だったなんて、わかりっこない。

「満寵さん!軍議……」
「うるさいなあ」

そういえば満寵さんはくりくりとした大きな目だったと思うのだけれど、こんなにも鋭かっただろうか。二の腕を掴まれていてとても痛い。若干焦点の合っていない視線がふらふらと彷徨い、掠れきった声は何故かおどろおどろしさを含んでいる。

「あの、軍議が……」
「うるさ、い」

握られた二の腕を力任せに引っ張られ、満寵さんに覆い被さるように倒れこむ。起き上がろうにも二の腕を引く力が強すぎて体勢を起こせない、しばらく満寵さんと見つめ合い(不可抗力だ!)満寵さんはまたすぐに寝入ってしまった。

依然として腕は掴まれたまま。助けて!と叫ぼうにもそれで満寵さんが目を覚ましてしまったら次こそ確実に私の命はないものと思われる。間違いなくめっためたのギッタギタにされる、多少なりとも表現をぼかしたが、それ以上に恐ろしいことになること請け合い。

もうこれ以上どうしたらいいの……。詰みの私は痺れていく腕を心配しながら配属先の変更願いについて思いを馳せていた。

20200602
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テーマ「人外ファンタジー」
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