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押して押して引いて失敗したからまた押して、やっと実ったその恋を人は哀れむような目で見ては口を揃えてこう言うんだ。

もっといい人いたんじゃない?

その言葉にどれだけ傷つき怒り、悲しみ、やるせなさを覚えたことか、自分の物差しで他人を測るもんじゃない。私に対しての哀れみはあの人への侮辱行為とも取れる。歳の差なんて些細な問題だ、そこにお互いを想う気持ちがあれば大したことなどない。だから私はあの人に見合う非の打ちどころのない完璧な女性になると躍起になった。

結果だけ言えば全力で空回り、身の丈以上のことをしても身にならないどころか恥をかくだけで何一つとしていいことなどなかった。それについてはあの人からもおぬしはそのままでいい、おぬしらしくあれって。諭されたばかりだ。

「だって!だって!悔しくないんですか程普様!」
「悔しいも何もあるものか、そもそも感情に優劣をつけるなんぞ愚行の極みではないのか?」
「優劣というか……えっと、そうじゃなくてですね」

もごもごと言い淀めば程普様はまだまだだだな、と緩やかに笑って私の頭を年季を感じる手のひらで撫でた。この手が大好きで、もちろん手だけではなくて全部なんだけど、程普様に振り向いてもらうためにでき得る限りのことを全力でやってきた。

男の子どもがいなかったこともあり、武官の父は私に戦う術を物心ついたころから叩き込んだ。私自身も外で遊ぶことが好きだったこともあって、のびのびと、しかし着実に実力をつけてきた。そしてそれを黙って見守ってきた母が、ただ腕っ節の強いだけの女ではなんの面白みもないということで(今考えれば面白さは関係なかったと思う)知り合いに読み書きができるという人物に頼み込んで私にある程度の知を叩き込ませてくれた。

当時はじっと机に向かうことが苦痛で苦痛で仕方がなかったのだが、今となっては母に感謝してもしきれないほどだ。そのおかげで程普様と文のやり取りができているのだから。

程普様と出会ったのは私が呉に仕えてしばらくしてからだ、ただの一兵卒の私に程普様は本気で怒ってくれた。

身を投げ打って仲間を助けようとした覚悟と意気込みは認めよう、だがまずは己のことを大事にしなければ守るものも守れない、後先考えずに単騎で飛び込むなど無駄死にに直結する行為はやめよ。

怒る時は本気で怒って、褒める時も全力だった。

分け隔てなく平等に扱ってくれる程普様は私のお手本で目標で憧れになった、それがいつから恋慕に変わったのかは定かではないけれど、きっと最初からその気持ちの火種が燻っていたのかもしれない。

「どうした、黙り込んで」
「程普様の魅力がわからない人たちにいかに程普様の魅力を知らしめるか思案中です、むむ……」
「……くだらん」

くだらないことがありますか!精悍なお顔付きにどこまでも鋭い眼差しは、私の心を確実に射抜いている。深みのある声色も相まって名前を呼ばれるたびに胸を高鳴らせて毎日息も絶え絶えだというのに!

程普様の魅力を知らずして孫呉の将をどうして名乗れましょうか……あっ!程普様ってばまたそうやってくだらないなんて言わないでください!

「そもそも我輩の魅力なぞなまえ、おぬしだけが知っていればよかろう」
「え」
「おぬしの魅力も我輩だけの知るところとしたいのだが?」
「えっ」

嫉妬に駆られ、若輩どもを手に掛けないとも限らんぞ。花のかんばせ、綻ぶのを独り占めさせぬつもりか。

程普様は珍しく困ったような呆れたような表情を覗かせ、指先で私の顎の線をなぞる。その仕草も表情も胸焼けどころではない、たったそれだけ。そのひとつの仕草が艶やかでこれが本当の大人の魅力というものなのかと腰が砕けそうになった。

「なまえ、周りの戯言などに耳を貸すな、我輩の言葉だけを聞いておればそれでよい」
「っ、はい」

耳元でささやかれた言葉がじわじわと脳を侵食する、程普様の魅力が知れ渡ったらみんな程普様に惚れてしまう可能性がないとは言い切れなくなる。確かにそれは困る、やきもきするのはいやだ。万が一、程普様が私ではない誰かに心変わりしてしまうことだけは考えたくない。

ぎゅう、と程普様の腕にしがみつく。程普様はいやそうなそぶりも振り払うそぶりも見せず、私を見下ろして満足げに笑っていた。程普様がいいって言うのであれば、もう悩んでたことが全部どうでもよくなっちゃった。

20200510
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