short | ナノ
旅行に行きたいんだけど予定空けて欲しいんだ、と言われたのが3ヵ月前、仕事の都合を考えながら日程を提案したのが2ヵ月前、その間全てのルート、予定の組み立て、お宿の手配の一切を任せてくれと言われた。

旅行などはその時の気分で行きたい場所を決めるという成り行き任せのきらいがある私としてはラッキーありがと!と二つ返事で了承した。何も疑わず確認もせず行ってからのお楽しみもなかなかオツじゃないかな、なんて能天気に構えていたのがそもそもの間違い。

せめてお宿くらいはチラ見でいいから確認しておけばよかったんだ、あの時の私をひっぱたいてぶん殴って目を覚ませ日程を確認しろ!と言ってやりたい。まあ今となってはもう後の祭りなんですけどね。

山々に囲まれたその場所は都心から随分と離れていて目的地に着くまでにすれ違った車はほんの数台程度、こんな僻地に来ちゃってますけど大丈夫?と不安に苛まれている私に気付いて徐庶が「きっとなまえも気に入るよ」ちらりと視線を投げてにへらと笑う。

その瞬間ゾゾ、と風邪をひいた時のような悪寒にも似た何かが背中を走った気がして腕を摩った。

「ええと、寒かった?ごめんすぐ閉めるよ」
「え?ああ、うん」

運転席から徐庶が薄らと開いていた窓を閉めた。そっか気付かなかった。きっと窓が開いてたから慣れない自然の綺麗な空気に少し体が冷えたのかもしれない、センターコンソールの上部にあるナビの温度計は大して低い温度ではないけれど、都会と山の中では体感温度が違うんだろう。

ナビの到着予定時刻はもうすぐだ、特に深く考えず忙しなくステアリングを切る徐庶の横顔を盗み見た。いつもそうだ、毎回不思議に思うんだけれどじっと見つめていたわけでもないのに徐庶は私の視線に敏感らしい。

「なんだい?」
「ん?運転楽しそうだなあと思って」

全然そんなこと微塵も思っていなかった、でも他に言うことが思いつかなくて適当に取り繕う。それでも徐庶ははにかむと眉尻を下げて笑った。照れた時の癖だ。

「なまえと一緒だから、旅行すごく楽しみだったんだ」
「いろいろ全部やらせちゃってごめんね?大変だったんじゃない?」
「いやむしろ楽しくて仕方がなかったよ、なまえのことを考えていると欲張りになってしまって、あれもこれもって時間が全然足りないんだ」
「そっか、ありがと!どんなとこなんだろ楽しみ」

これは嘘偽りのない本音、本当に楽しみだったんだ。

徐庶との出会いは大学生になって少ししてからで、男女としての付き合いを始めたのは季節をまるっと一周してからだ。あれこいつもしかして私のこと……?という自惚れが見事的中するとは思いもせず(これで外してたら私めちゃくちゃ痛い人だと思ったくらいである)今思えばそれもそのはず、気があると匂わせていながらも「どうせ」だとか「俺なんかが」とかひどいマイナス思考が目立っていたこともある。なかなか自分の気持ちに素直になれないのと、物をはっきり言えないことも相まって随分と時間が掛かっていた。

最終的に痺れを切らした幼馴染みだという諸葛亮とホウ統に尻をしこたま蹴られ(一応念のために言っておくと比喩ではなく実際に蹴られたそうだ)吹っ切って玉砕覚悟!という勢いで私に告白をしに、平日の22時過ぎ、翌日も普通に授業がある特になんでもない日に私がフェイスパックをしている最中に押し掛けて来たのである。

突然玄関先でやいのやいの言い出し始めた時には焦ったのなんの、近所迷惑だし今このタイミングで言う?なんで連絡のひとつも寄越さないんだ。慌てて部屋へ入れたはいいものの片付けだって、人を迎え入れる準備を何一つしていないのだからため息だって出てきてしまう。

何度も言うが私今フェイスパック中だ、人に見せられるような見た目ではない。このやるせ無い気持ちを抱いたまま、まるで女子中学生の一世一代の大告白のような初々しさを醸し出されながら、好きだの愛してるだのもう君しかいない、なんてありったけの想いをぶつけられてみろ。

正直叩き出してやりたい気持ちもいっぱいあったのだが、やっとかというのと、彼の性格を短いなりにもそれなりに見てきて本当に誠心誠意まっすぐぶつかって来てくれているんだよなあ、と若干の親心にも似たものを抱いてしまっていたのもきっとある。

薄々わかってもいたわけで、多少面倒な性格ではあるけれど細かいところによく気がつくし、とても親切にしてくれて話もよく聞いたし聞いてくれた。好かれているであろう欲目もあったりして私自身も一緒にいるのが嫌ではなかったし、楽しいことの方が多かった。

こんなに好意を持ってくれて一生懸命になってくれる人もそうそういない、後ろ向きな性格もきっと変わる、変えられるはずだと信じて疑わなかった。

突拍子もない大告白に頷いたこと、後悔こそしていないが時期尚早だったかもしれないと思ったり思わなかったり。

「なまえ、着いたよ」
「う、わ!」

急勾配のヘアピンカーブを過ぎて少し行くとこぢんまりとした旅館がひっそりとそこにあった、とても品のいい造りのそこは誰が見てもちょっと手が出しづらいような値段のやつだ。なんとなく雑誌の記事でちらっと見たことあるような気がする、私には縁のない場所だと思ってよく見てないんだけど。

石畳のエントランスに車を横付け、いつからそこにいたのかすでに仲居さんが待機していて一旦運転席から降りた徐庶としゃべっている。

「ようこそおいでくださいました、二名様でご予約ですね、お荷物はこちらでお部屋にお持ち致します」
「ええと、はい」
「お車は係りのものが止めて参りますので一度キーをお借り致しますね」

仲居さんが二人、私たちの荷物を車からテキパキと運び、徐庶の車も別の人が慣れた様子で駐車場へと持っていってくれた。私たちのは手荷物だけを持って中へと案内され、徐庶がカウンターでチェックインを済ませに行った。近くのソファで座って待っている間、ぼんやりとそこから見える中庭に鹿威しをじっと見た。竹が倒れて石の受け皿にぶつかると軽いのによく響く。

「お待たせなまえ」
「それではお客様、お部屋までご案内致します」

この旅館は一日に三組しか泊まれない、コテージというか一軒家のような造りになっていて、宿泊客同士が顔を合わせなくて済むようにそれぞれの部屋ごとに全てが造り付けになっている。
まるで自分たちしかいないような錯覚に陥るのだ、ここでできないのは料理くらいかというほどあらゆるものが揃っていて至れりつくせり。何か不備があれば備え付けのタブレット端末で連絡が取れるようだ。

仲居さんがしばらく説明をして、それではごゆるりと、そう言うとするする下がっていった。贅を尽くした和モダン、窓の外はマイナスイオンと柔らかい木漏れ日が緩く降り注ぐ小さなお庭がある。

夕食は2時間後、それまでこの辺りを散策するかそれとも。

「ええと、なまえ」
「うん?」
「早速お風呂に行ってみないかい?」

徐庶がへらりと笑ってここの温泉は美肌効果があるって書いてあったよと教えてくれた、嬉しい情報だ。わーい行こ行こ!タオルや浴衣は備え付けてあるって言ってたよね、私の快い返事がよほど嬉しかったのか徐庶は更に表情を緩ませると手まで握ってぐいぐい引っ張ってくる。待って待って、温泉は逃げたりしないんだからそんなに慌てて引っ張らなくても。

もはや小走りにも近い歩調でお風呂へと向かうと、なんの躊躇いもなく徐庶は暖簾を払い除け扉を開けて着き進んでいく。うん?あれ?そこで私はやっとこの徐庶のテンションの高さに疑問を抱く、暖簾は男女の文字がなく、そもそもくぐったのもひとつ、扉もひとつ。

コテージっぽいし一軒家にも近いそれってところで薄々わかっちゃいたけどこれはやっぱり徐庶のことだから。案の定混浴っていうことで間違いないですね?
徐庶のこのはしゃぎっぷりと急かしようは私と一緒にお風呂に入れるからだったのだ、聞いていない。いや別に絶対いやだってわけではないけれども私にだってこう、ほら、心の準備とかしたい感じあるじゃない?

「徐庶?」
「うん?」
「お風呂、一緒なの?」
「そうなんだ、ええと、なまえと二人きりで入れるところを探したんだ」

うっとり、そんな表情でこっち見ないで欲しい。若干熱を孕んでいるのが透けて見える瞳の奥に内心ため息が止まらない、あわよくばとでも思っているんだろうな。徐庶のことだから。まあそもそも旅行をする時点でどこかしらでこういう展開になると予想してなかったこともない。徐庶のことだから。

早く早くとあっという間にすっぽんぽんになった徐庶は私の脱衣まで手伝ってくれている「ほらなまえ、ばんざい」じゃないわ!自分で脱げうぶふ!
ちょっと抵抗のつもりで身をよじってみてもお構いなし、いつの間にか下着の留め具まで片手で外せるようになっていて(マジか!)ふるりと胸が弾むと、徐庶が生唾を飲んだのがいやでもわかった(ガチか!)

「ええと、滑らないように気をつけて」
「うんありが、徐庶ほんとおっぱい好きだね」
「えっ」
「視線がちらちら胸に行ってるのすごくよくわかる」
「えっと、いや、それは……そうなんだけど好きなのはなまえの胸だから、あっ!胸だけじゃなくてなまえまるごと全部好きだよ……はは」

あ、そう。取り繕うように言っているのに照れてしまうのは惚れた欲目か、色気も素っ気もない返事を返しても徐庶は相変わらずへらへらと笑って、桶にお湯を掬い掛けてくれた。徐庶自身も自分に掛け湯をして乳白色にほんのり桃色の溶け込んだ色の湯船へと浸かった。

すごくいい匂いだけどこれは一体なんの匂いだろう、桜でも桃でもないし、薔薇とも違う。妙にお風呂の温度が高いような気がする、ねえ徐庶……と声を掛けようとしたところで背後からお腹にするりと腕が巻きつけられた。
言わずもがな徐庶だ、振り向くと相変わらずにへらにへらと笑っているんだけど何かおかしい、顔が赤すぎる。のぼせるには早すぎるしお酒も飲んでいない。

「び、媚薬の湯……」

壁のはしっこにさりげなく小さめの板を見つけた、この温泉の効能や成分表記だ。体を温めるのが主な働きのようだけど、香りの成分に「そういう」気分にさせるような効果が出る人も稀にいるというようなことがちらりと書いてあった。

まあ稀にいるというくらいで絶対ではないようなのだけれど、思い込みの激しい徐庶には効果が抜群だった。マジか。

「なまえ……」

妙に艶っぽいというかちょっと苦しげにも聞こえる声色に鳥肌が立つ、こんなに温かいお風呂に浸かっているのに。お腹に回された腕には力が込められ、徐庶の胸板やお腹と私の背中とが寸分の隙間なく合わせられる。
それに加えて徐庶のあれも腰辺りに緩く主張を始めているのでこれはいよいよやばいと確信した。ちなみになのだが、私は長風呂が好きであってものぼせるのは嫌いである。ここでおっ始められるのは絶対に阻止しなければならない。

せっかくいい宿に来たのにお風呂でのぼせて夕食がまともに食べられなくなるのはつらいものがある、黙って抵抗しない私に気をよくされる前に釘を打たなければ。

「えっ……」
「え、じゃない」

上半身を捻って徐庶を押し退ける、わざとか無意識かはわからないけど途端に捨てられそうな子犬のような表情を作るがその手は効かないからね。

「ここでしたいの?」
「うん」

なんの躊躇いもなくしっかり頷きやがった、こういう時ばっかり欲望に忠実なの面白くないけど一周回って笑えてくる。

「ご飯食べてもう一回お風呂入ったら何してもいいけど今はダメ」
「……どうしても、だめかい?」
「ダメ」

キュッと下唇噛んで悲しそうな顔してもダメなものはダメ、っていうか今は嫌。いつもと雰囲気が違ったり場所が場所なだけに興奮した徐庶は絶対に手加減ができなくなる、手加減っていうか歯止め、理性的になるのもまあむりだよね。
はっきりノーと言ってじっと我慢ができている今は大丈夫かもしれないけれど、我慢をやめた後が怖い。私明日起きられるのかな、何度も色っぽいため息を深々と吐き出す徐庶に不安が募る。

「……なまえ」
「うん?」

あーっ!呼んだくせに黙り込んだ、これ絶対もう間違いなくやばいやつだ。ぎゅうと後ろから私を抱き込み首元に顔を押し付けられる、微かに湿り気を帯びた髪の毛が頬に張り付いた。

好き過ぎて苦しいんだ……とくぐもった声、ついつい流されてなんてことも以前数回ほど経験しているから心は無にしなければならない。ほだされません、出るまでは。

20200506
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