short | ナノ
「あっはっはぁ!女性といえども侮れん武勇、さっすがですなあ!」
「……一応、お褒めの言葉として受け取っておきます」
「うん?もちろん褒めてますとも」

賈文和、とんでもなく頭の切れるこの男が私は大の苦手だ、今は曹操様が召し抱え魏の参謀、一応は仲間としているのだが以前に董卓や張繍の参謀、と敵であったわけで。

飄々と掴み所もなく己の理想も胸中も決して人には語らず悟らせない、言わば何を考えているのか予想すらつかないこの男が苦手だ、それに胡散臭さも否めない。

以前彼について兵士達が話しているのを耳にしたことがある。

『賈ク殿が策を練っている時の顔、何だかゾワッとしませんか?』

全くもって大いに同感、いかにも楽しげに瞳を爛々とさせる様は、獲物が罠に掛かるのを今か今かと待つ捕食者。

「さてと、それじゃあ奇襲開始と致しましょうかねえ」

何の因果か、はたまた運が悪かっただけなのか、今回の戦で私は奇襲部隊として賈ク殿と共に進軍することを余儀なくされた。

先発部隊の援護をしつつ敵に気付かれないうちに間道を抜けて敵陣の背後を突く作戦(もちろん発案は賈ク殿だ)奇襲が見破られても、挟み撃ち状態なのでどちらにせよ勝機はこちらにある。

どこまでも用意周到で敵に回すと厄介な切れ者、今更ながら恐ろしい奴だと思った。

「んん?そんなに見つめられると穴が開いちまいますなあ」
「な!そ、そんなに見てません!」
「ま、俺としては大歓迎、なまえ殿のような可憐な女性に見つめられるなんて幸福の極み!」
「戦の最中に冗談はお止め下さい!」
「いやぁ、冗談なんてとんでもない」

先を行く背中を何度か見遣っていたことに気付いたらしく、急に振り返った賈ク殿と目が合うなり気障ったらしい言葉を掛けられた。

不意打ちを喰らい隠しきれなかった動揺を悟られいささかムッとなったが相手は策士、不用意に言い返せば手痛いしっぺ返しが待っていることくらい私でもよくわかる。

「本心なんですけどねえ」

だから相手の思う壷にならないよう、必要最低限以外の会話は避けてきたのに賈ク殿はそれを知ってか知らずか、しつこく話し掛けてくる。

戦場で私の動揺を誘い何がしたいのか、まるで見当が付かない、更に進軍を続けて奇襲地点に到着するが、奇襲は読まれていたようで敵は思ったより多い。

とにかく今は賈ク殿のことを一切合切無視して戦に集中しなければ、奇襲は読まれていたもののやはり挟撃は相手にとって都合が悪い以外の何物でもないようだ。

しかしひとまず集中するために一呼吸置こうとしたのがまずかった。

「覚悟っ!」
「!?」

いつの間にか敵に背後を赦してしまい、気付いた時にはもう手遅れ、鋭利な刃物が目前に迫ってきていて避けようもない。しまった!と思う暇さえなくて声も出なかった。

瞬きすら忘れた瞬間ふわりと浮いた身体、刃物に貫かれるかと思いきや、全然違う感触が身体全体を包み込む。

「おっとっと、危ない危ない」
「か、賈ク殿」
「いやはや間一髪でしたよ」

刃物の代わりに眼前に迫る賈ク殿、抱き抱えられている、助けられたことには変わりないが何だか腑に落ちないのは何故だろうか。

「ど、どうも」
「礼には及びませんて」
「もう大丈夫ですので!」
「まあまあなまえ殿、お近付きの印ってことで」

にいっ、と不敵に笑った賈ク殿。

柔らかいものが額に当たり、それが唇だったと気付くまでに相当時間が掛かったし、気付いた時にはすでに辺りの敵は一掃されていて、賈ク殿の背中も遥か彼方。

「や、やっぱり苦手!」

賈文和という人物が余計にわからないと思ったのと同時に、気になって仕方がないのは間違いなく気の迷いなんだと何度も自分に言い聞かせた。

20110317
20200422修正
 / 
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -