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嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。

絶対に何かの間違いだそうだタチの悪い冗談に決まっている、そうでなければあんなのが事実であるはずがない。

「さっきからぶつぶつと何を言っている、少し黙ったらどうだ、耳障りだ」
「これが黙ってられますかっての、鐘会は知ってた?」

暇を持て余していたので、鐘会の部屋に突撃し、部屋の窓から外で鍛練しているトウ艾殿とその他の人を眺めながら独り言、すごくあからさまに迷惑そうな顔をして鐘会が口を挟む。

「……何をだ」
「トウ艾殿が文官上がりってこと」
「ああ、お前そんなことも知らなかったのか?それよりその名前を不用意に出すな、気分が悪い」
「鐘会の気分なんかどうでもいいよ、それよか私はあの人が元文官ってのが信じられなくて夜も……よく眠れるけどとにかく信じ難い事実なんだよねー」
「おい、何故あいつには敬称を付けて私は呼び捨てなんだ、お前私より年下だろうが」
「あの筋肉質で元文官って絶対ありえない!むしろ鐘会を元文官って言った方がしっくりくるし」
「私を無視とは……ゆ、許さんぞ!」

小煩い鐘会は放っておいて、せっせと鍛練に取り組むトウ艾殿を眺めつつ戦でのトウ艾を思い出す、愛用らしい武器はどう考えても元文官が持つような代物ではない気がするのは私だけだろうか。

ものすごい破壊力を持った回転する槍みたいなすごくゴツいやつ、なんかもう表現のしようがないのだがとにかくすごいやつ。

あれをブンブン振り回して挙句に『爆破だ』とか言ってどこからともなく爆発物を取り出すなりブン投げてみたり、他にも『確保だ』ってまさかまさか元文官から繰り出されるとは夢にも思わない技を決めてくださったり、トウ艾殿と戦に出ると目を疑……いや、目を見張るような働きに感服させられることが多い。

「あっ、誰か怪我したみたい」
「鍛練にも怪我は付き物だろうが」
「トウ艾殿、なんか取り出し……あ!手当してる!」
「まあ英才教育を受けた私には無縁の」

「なんだろう、何か言ってる……鼓舞してるのかな?」
「……そうかもはや完全無視する方向に決めたわけか」

怪我をした兵士に自ら手当を施し、何やら手ほどきのような動作を見せたトウ艾殿、細やかな気遣いと兵士を思いやる優しい心遣い。

なんとなく近寄り難い人だと思っていたが、いい意味で裏切られた、やっぱり見た目で人は判断しちゃいけないもんだなあ。文官上がりってのもあながち馬鹿にできない。(でも決して馬鹿にしていたわけではない)

「あ、こっちに気付いた!」

ふと顔を上げたトウ艾殿と目が合う、跳びはねながら大きく手を振るとトウ艾殿も片手を上げて応えてくれる、どうしようかな、私も鍛練に混ぜてもらおうかな。

「うん決めた、私も鍛練に行ってくる」
「か、勝手にしろ!私は絶対に行かないからな!」
「うん別に鐘会は誘ってないし」
「……くっ!」

じゃあねーと鐘会の部屋をあとにして私はトウ艾殿の元へと駆け出した。トウ艾殿は想像以上に優しかった、仲間に入れてくださって頼んだら快く了解してくれたしね。

文系フィジカリティー

――後日談、どうやら近頃トウ艾殿に差出人不明の怪文書が届くようになったようです。

「ああ、なまえ殿丁度いいところに」
「あ、トウ艾殿おはようございまーす」
「この間の鍛練の件、礼を言う」
「いえいえこちらこそ飛び入りなのに参加させてくれてありがとうございました」
「それでなんだが……これを見てくれないか」
「書簡ですか?」
「恐らく筆跡は鐘会殿だと思うのだが如何せん内容が内容で……自分は何か鐘会殿を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか?」
「うわっ『馬鹿、阿呆、くたばれ』って幼稚にもほどが、しかも書簡いっぱいにぎっしり」
「自分は鐘会殿に謝罪しに行くべきなのだろうか?」
「いや、理由もなく単なる一方的な逆恨みの類と八つ当たり混じりだと思うので、別にわざわざトウ艾殿は謝らなくてもいいと思います」
「しかし……」
「大丈夫ですトウ艾殿、もはや鐘会のあれは生活の一部ですし」
(いや生活の一部って……)
「可哀相な子、とでも思って気にしないでいてください」
「そうか、わかった」

後に鐘会のトウ艾殿に対する敵愾心が更に増したのはいうまでもない。

20110331
20200422修正

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