short | ナノ
今日は早く帰れそうだ。


「……あの人の早いとは一体」


ダイニングテーブルに突っ伏し、冷めきってしまった夕食相手に呟いた。部屋の中は照明のおかげで煌々と照らされているものの、気分はどんよりと重たく暗い。

今日は私の誕生日、だった。そろそろ日付けが変わろうとしているところ、刻々と過ぎる時間を恨めしく思いながら今日1日を振り返ってみた。虚しい1日だった。

一回りも年上の旦那様である于禁さんはとても真面目で几帳面で誠実でどちらかと言えば完璧主義、それでいてとってもお堅い人柄だからあまり冗談が通じない。けれど冷たいなんてことはなくてむしろ優しすぎるくらい。
周りから見ると今時、亭主関白なんて……って言われるけれど、全然そんなことはない。于禁さんって表情筋が普通の人より少し硬いだけで、見慣れた私には機嫌の良し悪しはもちろん、微妙な変化も見逃すことはない。

それに于禁さんって結構甘えたなところもあるんだから。

……うん、それはそうと。
几帳面な于禁さんは結婚記念日だとか誕生日だとか、そういうイベント的なこともきちんとおぼえていてくれるし、自分の手帳にも書いておいてくれるくらいしっかりしているから、言ったことは絶対に守るしどうしても約束を果たせそうになかったら事前に連絡をくれていた。


「……お腹すいた……そして眠い」


今日は私の誕生日だから、たぶんそんな意味で口にしたんだと思うの。早く帰れそうだって。夕食も目一杯張り切ってみたものの、待てど暮らせど于禁さんは一向に帰ってくる気配を見せない。私の帰宅予想時間は7時頃、今は丁度日付けが変わった夜中の12時を数秒過ぎたところだ。

あくびとため息が続けざまに出て、ようやく重たい腰を上げる。仕方がない、片付けてしまおう。こんなことは初めてだったからショックはだいぶ大きい、いくら仕事とはいえせめて連絡だけでも入れてくれればいいのに。やり場のない憤りと寂しさが込み上げて、ほんの少しだけ目頭が熱くなった。

于禁さんが帰ってきたらすぐに食べられるように少しだけ夕食を残してあとは全部片付けた、いつ帰ってくるのかわからなかったしメモを残してお風呂も済ませたけれどまだ帰ってきていない。
……もう、寝ちゃおう。最初から電話なりメールなり連絡を入れても良かったのだけれど、わざわざプレッシャーを掛けるようなことはしたくなくて、じっと耐えていた。
ひんやりとしたベッドに潜り、僅かに香る于禁さんの匂いにいよいよ目頭の熱が暴走しそう。ぎゅうっと目を閉じベッドの中で丸くなった時、玄関で物音が聞こえた。あれ?と思う間もなくドタバタと騒々しい足音が近付いて、一瞬止まったもののすぐにまたドタバタと近付いてくる。

于禁さんが帰っ「なまえ!」「っひゃあ!?」布団をはがされ真っ暗な部屋の中で身体が浮いた。苦しいくらいに抱きしめられていて。


「お、おかえりなさ」
「すまぬ、私としたことが約束をしたというのにこの始末、すまぬなまえ、せめて連絡をと思ったのだがスマフォの充電が切れて連絡を取ろうにも……」
「う、于禁さん苦し」
「あ、ああ、本当に申し訳ないことをした」


はああ、と于禁さんにしては珍しく深くて長いため息。遅い帰宅の上、寝入り端に叩き……というか抱き起こされたというのに怒る気すら起こらなかったのは自分の不甲斐なさに落ち込んでる于禁さんを目の当たりにしたからだ。
声には元気がないし心なしかひどく憔悴……は言い過ぎかもしれないけれど疲れているみたいだし。苦笑いで「おかえりなさい」と言えば、ほっとしたように「ああ」と。


「なまえ、罪滅ぼしと言うわけではないがこれを」


すると于禁さんは器用にも私を抱きしめたまま鞄から何かを取り出した。小ぶりの箱だ、綺麗にラッピングされていてプレゼントだとすぐにわかった。


「これ……?」
「前に雑誌を読んでいて魅入っていただろう、予約をしておいたのだが私としたことが、予約した店舗を間違えたらしく、隣の県まで遠出のはめになりこのような時間になってしまったのだ」


于禁さんが私から手を離して箱を開けると、中身は月と星がモチーフになっているペンダント、紺色が基調になっていて月と星は夜空を思わせるグラデーション。確かにこれは先々月くらいに雑誌で見たものだ。
少々値が張って、諦めたんだけど于禁さんにはしっかりチェックされていたんだなあ、恥ずかしいようなびっくりしたような、でもそれ以上に嬉しかった。

プレゼントをもらったことに対してだけじゃなくて、私のためにってところが本当に。


「きれい……」
「すまなかったな、遅くなって悪いが生まれてきて、私の妻となってくれて本当に感謝している」


潰れてしまいそうになるくらいきつく抱きしめられて「お返しです」負けじと私も抱きしめ返した。


20151204
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