short | ナノ
ぐずりと鼻をならせば、抱きしめられている腕に更に力が込められた、粛々として控えめではあるけれど、宝物を包むような、優しい雰囲気が滲み出ている。肩口に顔を押し付け、涙と鼻水と涎で衣服を濡らしてしまっても、決して怒ったり避難したりしない。

「なんで、ねえ……どうし、て」
「もう、大丈夫です、一人きりにしてしまって……すみません、でも、私がいます」

文鴦がいる、そんなの当たり前だ、私がこうなるように仕向けたのは文鴦本人なんだもの、私には他に縋るものがない。

よしよしと言ったふうに頭を撫で抱き締めながら、文鴦は本当に心底嬉しそうな表情で私を見る。それなのに、瞳の奥にあったのは真っ暗な闇、まるで文鴦の心の中を表しているかのようだった。

「怖かったでしょう?心配はいりません、私がそばにいます、ずっと、永遠に」

縋られて頼られることが嬉しいのはわかるが、それだけじゃない。文鴦は私が恐怖に怯え泣きじゃくるのを見るのが何よりもの愉悦、震え、涙を零し縋る、この状況は文鴦にとってまさに願ってもないこと。

ひどく寒く、暗くて狭い部屋に閉じ込められて、数日を過ごした。多分地下なんだと思う、文鴦の邸のそこで、私は体験したことのない不安と恐怖に押し潰され掛けたのだ。

少しの間なら飲まず食わずでも耐えられる、限界ぎりぎりといったところまで耐えさせ、文鴦は私の元にやってきた。きっかけなんて些細なこと。

確か、初めて出会ったのは戦場だった。何度か戦で一緒に出陣し、時には鍛錬を共にし、たまには他愛のない世間話で盛り上がったりもした。よく一緒にいたこともあったせいか、文鴦が頬を染めて「お慕い、しています」と言ってきた時には目玉が飛び出すかと思ったほどだ、何しろ私の方がふたつ年上、もっといい娘がたくさんいると思う、と言ってみても彼は頑なに「なまえ殿がいいのです」と譲らなかった。

文鴦は私よりも頭ふたつ分以上に背が高い、幼さが僅かに残ってはいるものの、とても端正な顔立ちは時折くらりとくるものがあった。

まじめで、あの趙雲の再来とも謳われるその武勇、気が合うこともあり、こんな私でも、もらってくれると言うのならば、断る理由なんてどこにもなかった。

その時はまだ知らなかったから、彼が病的なまでに依存する性分で、嫉妬深いなんて。

「こんな暗いところで独りなんて、もういやですよね?」
「やだ、文鴦……も、やだ」
「独りきりは、怖いですよね?」
「お願い、独りにしないで……」
「ええ、では、ここから出ましょうか」
「ぶん、お……!」
「ですが、ひとつだけ、約束を守れますか?」
「……やく、そく?」
「いつでも、ずっと、私だけのなまえ殿でいてくれることを、約束してくれますか?」

ここから出られるのなら何だってするつもりでいた、元より頷く以外の選択肢などない。

まさか、兵士らとたまたま雑談で盛り上がったことが文鴦の嫉妬心に火をつけたなんて……誰が想像できようか。

「約束、してくれるのですね?」
「……する、するよ、文鴦がそばにいて、ここから助けてくれるなら」

そう、何だってする。媚び諂うことも厭わない、文鴦の気がそれで済むのなら。きらいになどなれない、憎むなんてありえない、だって、私を抱き、頬に添えられた文鴦の手は、こんなにも太陽のように温かくて優しい、随分と毒されて依存しているのはお互い様。



20140201
20200422修正
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