淡色エスポワール | ナノ

ソートアソート

ぱん、と小気味良い音を立てた両手を合わせ、深々と頭を下げた友人の彼が私の前にいる。これはいわゆる一生のお願いというポーズですね、わかります。だが断る。

「まだ何も言ってねえ!」
「うるさい、元姫ちゃんに言いつけるぞ」
「それは勘弁!でも頼むよマジで、後生だ!今度ウェストでも豆源でもピエールエルメでも何でも好きなもんやるから頼む!図書室のカウンター当番代わってくれ!」
「え!ううん、どうしよっかなあ、ツッカベッカライのクッキーもって言うなら、まあ代わってあげてもいっかなあ、なんて思っちゃったり……」
「あーわかったわかった用意する!あ、これ元姫には内緒な?」
「今回だけだかんね!」
「恩に着る!」

ありがとな!それじゃ!と走り去る万年夏男を見送って、深々とため息。洋菓子和菓子の名店に釣られてうっかり首を縦に振ってしまった、ちょっと嫌だけど仕方がない。

あの波乗りジョニーのような、サーフィンが趣味です!好きなグループはザイルとサザンです!とでも口走りそうなイメージの同級生、名前を司馬昭という。

才色兼備の友人、元姫ちゃんの彼氏であり、あいつは突如現れて突然私に頭を下げて「図書室のカウンター当番を代わってくれ」と懇願してきた。
理由を聞けば今から元姫ちゃんとデートなのだと言う、一分一秒でも長い時間一緒にいたいが、図書委員の当番がある。(一番楽そうな委員会を選んだつもりらしいがカウンター当番があるのは盲点だったらしい)
元姫ちゃんのことだから、当番の役をきちんと終えてからと言うに決まっている。

だからこっそり私に当番を代われと言いにきたわけだ、全く私を何だと思っていやがるんだあの野郎、私にも予定ってものがね!……あ、うん、今のところはないけどそれなりに忙し……くもなかったちくしょう。ついつい名立たるお菓子の銘柄に釣られて代わってあげちゃったけど、カウンター当番って地味に面倒なのだ。

「……ちぇ、リア充め」

それでもとろけるような美味しいお菓子が後々手に入るなら、少しくらいは我慢しよう、この前の夏侯覇との賭けも、今のところ順調に進んでいる。一応期限を設定して、約半月、2週間以内に私が文鴦くんからモーションを掛けられたら夏侯覇にパフェを奢らなければならない、逆に何の音沙汰もなしなら夏侯覇が私にパフェを奢る。
ちなみに委員会の業務的な会話や挨拶はカウントしないものとしてる、今のところは私が優勢だ、何を隠そう設定した期限は明日まで!明日が終われば私はパフェを食べられるし、他のお菓子も手に入る。

「あ、なまえ先輩、こんにちは」
「え、文鴦くん?今日のカウンター当番文鴦くんだっけ?」

少しだけにやにやしながら図書室に入ると、真っ先に目に付いた高身長、にやにやしていた口元が引き攣る。

「いえ、実は代わって欲しいと頼まれたので」
「そ、そっか!偶然だねー私も変わってくれってしつこいくらいに頼まれて……あはは」

実を言うとこれは内緒なんだけど、あれから妙に文鴦くんを意識しちゃって、なるべく文鴦くんと鉢合わせないようにしているのだ、文鴦くんには何の非もないし、狡い手だとは思う。それより文鴦くんには好きな人がいるっぽいってことをこの間勘繰ったばっかりだ。それほど大袈裟に避けているわけではないから違和感はない……はず、会ったら会ったで挨拶は普通にしているし。

「なまえ先輩も頼まれたというのは……もしや司馬昭先輩でしょうか?」
「そうそう、よくわかったね」
「以前からデートだとしきりに口にしていましたから」
「へえ、文鴦くんって司馬昭と仲いいの?」
「いえ、司馬昭先輩はああ見えて結構読書家のようで、よく図書室にも来られるんです」
「やっぱり文鴦くんから見ても司馬昭ってだらしなく見えてるんだ」
「あっいえ決してそういう意味では!」

焦ったようにぶんぶんと両手と首も振った文鴦くん、僅かにクセのある外ハネ気味の黒髪が揺れる。司馬昭って本読むんだ、初耳。ってことは文鴦くん自身もよく図書室に来てるってことだよね、そっかそっか、どんな本読むんだろ。

「ほらほらお二人さん、いつまでもおしゃべりしてないでお仕事お仕事!それに入り口に立っているとお邪魔ですよ」
「はーい」
「すみません」

入り口からすぐにあるカウンターの後ろに司書室がある、そこから司書さんがひょいと顔を覗かせた。
司書室には品のいいテーブルとソファが置いてあって、ロッカーもある。図書委員はカウンター当番や司書さんの雑用お手伝いという名目上、この司書室を自由に使える特権があるのだ。(たくさんお手伝いした後でお茶をもらえる時があったりするし、役得役得!)
わりと学校自体も大きいから図書室も広くて本の種類も豊富、司書室の奥が保管庫になっていて、地下が閉架書庫。国宝級の資料も眠ってるんだって、だからこの学校の司書教諭は結構忙しいみたい。

「悪いんだけど、今から会議があるの、その間だけここ、お願いね」

たくさんの資料を抱え込んだ司書さんと入れ替わりに司書室へ入る、相変わらず忙しそうだ。大して中身の入っていない鞄をロッカーへ入れながら司書さんに了解です、と返事をする。カウンターの引き出しから『只今、司書教諭不在のため、一部の閉架閲覧はできません』と書かれた立て札をカウンターの上に置いた。司書さんがいる時じゃないと出せない資料もたくさある、閉架閲覧の申請する人なんて滅多にいないんだけどね。

「今日はほとんど人がいませんね」
「金曜日だからかな、週の最後って何となく早く家に帰りたい気分になるよね」
「なまえ先輩はカウンターの当番、面倒だと思いますか?」
「え?」

私がロッカーに荷物を置いている間に、カウンターの番人さながら文鴦くんがキャスター付きの椅子に腰掛けていた、大柄な彼だから椅子が随分と小さく見える。それに続いて自分も、もう一つある椅子に腰掛けると文鴦くんがまっすぐこっちを見つめていた。何の気なしに言った言葉を真に受けたのだろうか、実際に早く家に帰りたいと思っての皮肉ではなく、あくまで気分の話。勝手に決め付けた自論。

それに図書室の空気や雰囲気は好きな方、一定に保たれた室内温度が丁度いい。それに加えて静かだし今は人もほとんどいないおかげでいっそう静まり返っている。司馬昭みたいにサボろうなんて、これっぽっちも思ってないから大丈夫、心配しなくていいよ。文鴦くんのほっとした表情と、私も図書室の雰囲気が心地良いと思います、と返ってきた返事に頷く。

それからは会話らしい会話は数回ほどになって、3人分、本の貸し出し手続きをした。一人は機械工学の専門書、他の二人は文庫本で日本の作家と、海外の作家のものだった。元々少なかった図書室の利用者もいなくなり、今は遠くのグランドから聞こえるそれぞれの部活動が発する掛け声が薄っすらと聞こえる程度。司書さん遅いなあ、会議長引いてるのかな。

「なまえ先輩」
「ん?」

大してやることもなく、貸し出されている本の延滞者リストを作成し終え、カウンター横の掲示板に貼り付けた。同じくやることのなさから、カウンターの引き出しを整理していた文鴦くんに呼ばれ、振り向く。

「以前の、友人の話しを覚えていますか?」
「うん、覚えてるよ」
「その友人なんですが……」

若干語尾を窄ませた文鴦くん、好きな人がいるというお友達に何かあったんだろうか、新展開?お友達が絶望的状況から脱して上手くいったことが辛くてこんなに神妙な表情なのか、それともお友達が上手くいかなかったことに悲しさ半分嬉しさ半分で、身の振り方に悩んでいるのか、どちらにせよ今の私に文鴦くんの本心は読めなかった。

「半ばやけくそだと玉砕覚悟で想いを告げに行ったそうです」
「うんうん」
「結果、上手くいったと喜んでいました」

と、いうことはつまり文鴦くんの本心は前者、しかしそのわりに文鴦くんの表情はさっきと打って変わって随分と晴れやか。吹っ切れたのだろうか、お友達を諦める覚悟ができ、た……?

「そっか、ってことはお友達の好きな人に、彼女はいなかったってことでいいのかな」
「そのようです、私も正直安心したというか、夏侯覇先輩を気にせずとも良いと知ることができました!」
「え……は?誰?そこでなんで夏侯覇?あの夏侯覇?」
「はい、夏侯覇先輩です!」

なに、どういうことなの意味がわからない、聞き慣れ過ぎて耳タコのような名前、にっこり笑って元気良く返事をくれる文鴦くんに思わず表情が歪む。とりあえず説明、ギブミー説明、理解できる……じゃなくて納得のできる説明をください。文鴦くんはお友達が好き、だけど、そのお友達には好きな人がいる、そしてお友達は好きな人と上手くいっちゃって、文鴦くんはブロークンハート……こういうことじゃないの。私が何か勘違いしてるのかな。

夏侯覇は一体どこから湧いて出たんだろうか。

「文鴦くん、ひとつ聞いていいかな」
「はい」
「文鴦くんは好きな人、いるのかな」
「え、っと、その……はい、います」
「不躾な質問で悪いんだけど、それは今話題のお友達かな」

真面目な表情を作ってまっすぐ文鴦くんを見据える、照れる文鴦くんにますますわけがわからなくなってくる。

「あ、いえ、友人ではありませ」

ついでに遠くからドタバタと何やら騒々しさが近付いているんだけど。

「なまえなまえなまえーっ!いるか?いたなまえ!」
「な、夏侯、はうぐえええ」

バァン!とドアを破壊しかねない勢いで開け、猪のように突撃してきたのは夏侯覇、満面の笑みを携えてカウンター内に入り込むと私の肩を掴んで前後に揺さぶりやがる。頭がシェイクされて気持ちが悪い、何が起きているんだ、何が。

「聞いてくれよ!俺告白された!ちょっと気になってた子でさあ!どうしたらいいよ、俺ほんと嬉しくてとりあえずお前に一番に聞いて欲しくて!」
「告白……ってそういうことかアアア!」
「うお!?い、いきなりなんだよ!」

カチリ、パズルのピースが上手くはまったような感覚、私の肩を掴んでいる夏侯覇の手を振り払い、夏侯覇と文鴦くんを交互に見る。もしかしなくてもお友達の好きな人って……と夏侯覇を指差しながら文鴦くんに視線を投げ掛けるとしっかり頷いた。

更に周囲から見ると私と夏侯覇は付き合っているように見えていたらしいことも、同時に悟る。ううわ、あり得ない。

「夏侯覇先輩」
「おう、どうしたよ文鴦」
「なまえ先輩とはご友人、それ以上は何もないのですよね」
「ああ、ってことは文鴦お前」
「はい!」
「そうか!やっぱりな、ぜってーそうだと思ってたんだよ!」

ちょっと!二人して私を除け者にしないでよ!あんたらそれほど面識ないくせに通じ合うっておかしくない!?
嫌な予感しかしない。

「文鴦!俺はお前を応援するぜ、なまえのやつ、時々すっげー口が悪くて辛辣だけどほんといいやつだから」
「はい、知っています!とても心優しいことも、ふとした笑顔が可愛らしいことも」
「不束者だけどなまえをよろしくな!」
「私こそ、至らぬところもありますが全身全霊を掛けて大切にします!」

待って、ちょっと待って!不束者とかお前が言うか、夏侯覇あんたは私の父親か!まるで嫁に出される娘みたいだよ私!そんじゃ邪魔者は退散するわ、なんて嵐のようにやってきてこの場を引っ掻き回し騒がしく去っていく、せめて収拾付いてから消えようねっていなくなってから言っても仕方ないんだけど。

「なまえ先輩!」
「な、なんでしょうか、文鴦くん……」

この急展開、待っている結末は100人が100人口を揃えて同じことを言えるものだろう、嬉しいのか嬉しくないのか混乱する思考回路はすでに正常な判断力を失っている。

「ずっと見ていました、なまえ先輩、あなたのことが好きです」

私は瞬時に現在のお財布事情を思い返していた。

20140318
20200422修正
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