淡色エスポワール | ナノ

リコリスキャンディおひとつどうぞ

あの日から数日が過ぎた。ホワイトデーも終えて校内に時折漂っていた甘い匂いはもうすっかり消えていた。毎日のようにフラグだフラグだとやかましい夏侯覇を締め上げお昼ご飯もそこそこに勢いに任せて席を立つ、お弁当を適当にしまって教室を飛び出した。

フラグって意味がわからない、そんなものどこにも見当たらない、文鴦くんがとって付けたような私の言葉に返事をくれただけじゃないか。ヴァレンタインの話なんだから、誰にあげるあげないの問いは普通にするでしょ。
バカじゃないの……ほんとバカじゃないの!くだらないやりとりからくだらない賭けをして、少しだけ後悔した。

後数十分程度の昼休み、ぐるぐると同じこと考えてはいやいやと首を振る、夏侯覇の悪い癖が移ったみたいで余計に腹が立った。

適当に校内をぶらついて時間を潰す。なんでこんなにムキになっているのか、自分でもよくわからない、接点がほとんどない文鴦くんを好きかもなんてことはないし、焦る理由だってひとつもない。きっと夏侯覇がフラグだのなんだのしつこく言うからイラッとしたんだ、違いない。まるで呪文、自己暗示のようにそうだそうだと自分に言い聞かせる。よく前を見ていなかったせいで、肩が何かにぶつかった。視線を上げた先に見えたのは淡い水色で男性物のセーター、一番最初に目に付いたのは胸の校章、随分と背の高い人物らしい。

「なまえ先輩?」

降ってきた声は聞き覚えがある、そして出来ることなら一番会いたくない渦中の人物だ。

「あ、文鴦くん」
「すみません、余所見をしていて」
「や、こっちこそぼーっとしてたから!ごめんね!」

ぶんぶん両手を振って無意識のうちに片足が半歩下がってた、徐々にぎこちなくなってくる挙動、狂ったように早鐘を打ち出した心臓に戸惑う。心の中で何度も違うと叫んだ、早く教室に戻ろう、時間潰しが予期しない方向へと転がってしまったのは誤算以外の何物でもない。どうしてこんなに慌てているんだろう、やましいことなど何もない、考えれば考えるほど焦って頭が真っ白になる。

「そういえば、ホワイトデーも終わりましたね」
「そ、そうだね」
「実は先日のヴァレンタインで、友人がチョコレートを渡したい人がいると言っていたんです」
「え……ああ、うん」

突然切り出された触れたくない話題に冷や汗がひどい、脱兎のごとくすぐにでも回れ右をしたかったけれど、状況がほんの少し流れを変えてきているみたい。

聞いていれば、文鴦くんのお友達とやらが片想いしている人に、ヴァレンタインという絶好のチャンスを使ってチョコレートを渡したかったらしい。でもその片想いしている人とやらにはどうやら彼女らしき人物がいると言う。とても仲が良さそうで、とてもではないが勇気を振り絞ることが出来ずに泣く泣く諦めたそうだ。

「その友人が先日もホワイトデーがあったことで、ひどく意気消沈していたので、彼女にどう声を掛けて良いのやら……」
「そっか、ヴァレンタインって甘いだけじゃないんだ、苦い思いした人もいるんだね」
「ここは鼓舞するべきなのか、それとも労りの言葉をかけるべきなのか、なまえ先輩と少しだけヴァレンタインの話をしたことを思い出したので、参考までに何か聞けたら、と」

伏し目がちに言葉を紡いでいく文鴦くん、私は今、いたく感動している。
お友達思いのいい奴じゃないか文鴦くん、いや待てよ、もしかして文鴦くんはそのお友達のことが好きだったりするんだろうか、そうだとしたらヴァレンタインの時にチョコレートを一切受け取らないって言ったことにも説明が付く。

それに、誰かに渡さないのかって聞いてきた理由も、きっとそのお友達のために、私が誰かに渡すとしたらどうやって渡すのか、そういう部分を参考にしてお友達に助言をしたかったのかもしれない。健気だ、文鴦くんとっても健気でいい子じゃないか!私に気があるのかもしれないなんて一人で焦って損をした、恥ずかしい、だいぶ落ち着いてきた心臓に変な緊張感も薄れてきた。

「私あんまりそういう経験ないから参考になれるようなことは言えないけど、でも私が文鴦くんのお友達の立場だったら言わないで後悔するよりも、言って玉砕して後悔すると思う」
「どちらにせよ後悔、ですか」
「うん、変に期待とか残すのイヤだし、その方が吹っ切れるかなあ、なんて」

次のステップに踏み出しやすいと思ったから。横恋慕、なんてことになって取った取られたのトラブルで恨んだり恨まれたりするのは勘弁、どちらかと言うと私の人生の半分は諦めと挫折で出来てるからあんまり参考にしない方が賢いかもしれない、なんて言ってみる。

「いえ、とても参考になりました」
「あ、でもさっき彼女『らしき』って言ってたよね」
「はい、確証はないようなのです」
「それじゃあ確かめてからでも遅くないんじゃない?」
「……そう、ですよね」

迷いを滲ませた表情、やっぱり文鴦くんそのお友達のこと……。まあ、なんと言っても私達はまだ高校生だし、これからまだまだたくさんの出会いが待ってるはずだから、恋の一つや二つ、しくじったっていいんじゃない?

「……」
「文鴦くん?」

深く考え込んだ表情からすっきりしたとでも言いたげな文鴦くんが、ふと視線を上げたのとほぼ同時に間延びした予鈴が鳴り響く。次の授業なんだったっけ。

「もうこんな時間、教室に戻らないと」
「貴重なご意見、ありがとうございました」
「貴重なんてとんでもない!そのお友達、いい方向にいけばいいね」
「私もそう思います」
「あ、ちなみに私も文鴦くんを応援するよ!」
「……えっ」
「お互い午後の睡魔に負けないように授業がんばろ、じゃあまたねー!」

触らぬ人の恋路に祟りなし、恋愛系の相談なんて聞くもんじゃない、自分だってそんな経験ほとんどないのに。妙にもやもやしたものを燻らせて、私は今度こそ回れ右をして教室へと向けて駆け出した。

20140315
20200422修正
prev | next
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -