淡色エスポワール | ナノ

パルフェタムール

※夏侯覇が出しゃばる、というか文鴦の出番がない。

老若男女、誰もが浮かれるヴァレンタインは過ぎ去った、浮き足立った気分を引きずっている男子諸君は気付いているのだろうか、三倍返しを要求されるホワイトデーという恐ろしい行事が数日先に待ち構えていることに。

「い、いやいやいや、お前そんな奈落の底に叩き落とすような発言やめてくれよ……!」
「ああ、夏侯覇もそれなりに“義理”もらってたもんね」
「ぐ……義理を強調して言うなよ、ホワイトデーこそ製菓業界の陰謀だ、ちくしょうつらい」

クラスメイトの夏侯覇と机を挟んで向かい合わせ、至福のランチタイム。今年のヴァレンタインもこの天命高校はすごかったね、と数日前の話題を蒸し返す。熱気溢れる女子同士、男子同士のバトルロイヤルやら、巧妙な男女の駆け引きやらで大いに盛り上がった。

特にこの学校の女子に圧倒的人気を誇るイケメン集団は、尋常でない数のチョコレートに辟易したとかそうでないとか。

「つーか、なんで俺が天命ファイブに入ってないんだよ」
「何それ自分のことイケメンだと思ってんの?夏侯覇気持ち悪」
「いやいやいや、気持ち悪って言いすぎっしょ!傷付くわー」

天命ファイブとは。その名の通り、五人のイケメンで構成され、天命高校で特に人気のある男子のこと。ちなみにその五人は誰かというと、クールビューティ担当の司馬師先輩、ワイルド担当のトウ艾、堅物忠犬担当の諸葛誕、高飛車ツンデレ担当の鍾会、それから真面目ミステリアス担当の文鴦くん。

実に豊富なラインナップのイケメン達、それのどこに夏侯覇の入る余地があるというのだ、付け入る隙などない、愛嬌があると言えば聞こえはいいけれど、顔はまあ、そう、言うなれば中の上、人からキャーキャー言われてこその天命ファイブである、義理チョコ三つの夏侯覇がナマ言うな。

「いや俺の入る余地あるっしょ」
「まだ言うか、っていうかどこに自分をねじ込むつもりよ」
「普通に考えて可愛い担当だろ!だって可愛いキャラいねえじゃん」
「うっわ引く、普段から身長気にしてるくせにここぞとばかりにそれを武器にしてくるとか救いようのない気持ち悪さ!引く!」
「なんだよ悪いかよ!俺だってモテたい!」
「チロルチョコ三つのくせに」
「おま、チロルチョコなめんな!」

夏侯覇はしきりに天命ファイブに可愛い担当がいないじゃないかと豪語しているが、そもそも天命ファイブに可愛いだけの担当など必要ないのだ、すでに天命ファイブのイケメン達はそれぞれの担当の中に『可愛い』要素をほんのりと持っているからである。

例えば司馬師先輩は肉まんが大好物だ、クールビューティでありながら、肉まんを前にするとクールビューティをかなぐり捨てて、鋭い目付きをこれでもかというほど輝かせ、満面の笑みを作るそうだ。それがたまらなく可愛いと、司馬師先輩ファンの女子達は口を揃えて言うんだとか。私は見たことがないから全く想像がつかない。

「ことごとく論破されてつらい」
「ま、それはそうと、たくさんもらうよりも本当に好きな子から愛情たっぷりのチョコをもらった方が嬉しいんもんじゃないの?」
「ボロクソ言った口がそれを言うかよ、そりゃあ確かに好きな子からもらえんのが一番嬉しいさ」

深くため息をつきながら、俺も好きな子が欲しいと嘆く夏侯覇にエールだけは送っておいた。好きな子って欲しいと思って手に入るものではないと思うけど、そこで突っかかっても不毛な争いになるのは目に見えている。言いたいのはやまやまだがグッと堪えて飲み込んだ。

「そう言えばなまえは誰かにやったのか?」
「や、私は誰にも」

お菓子やチョコレートをどうこうする気分になれなかったのと、女子同士の友チョコとやらで、誰にあげた、自分はもらっていないなどどいうつまらない諍いから、自分が嫌な思いをするのも相手にさせるのも嫌だったから。

「冷やかしてやろうと思ったのにつまんねーの」
「お返ししたりされたりするのが煩わしいから友チョコとかも遠慮した」
「へえ……あ」
「なに?」

聞いた話だからほんとかどうか知らないけどさ、と思い出したように夏侯覇が切り出した。

「文鴦もチョコを全部断ってたらしいってのを噂で聞いた」
「あーそれほんとだと思う、私図書委員で一緒なんだけど、ヴァレンタイン前にカウンター当番被っててさ」
「うんうん」
「話すこと全然なくて気まずいのなんのって、苦し紛れにもうすぐヴァレンタインだよねー文鴦くんいっぱいもらえそうだねーって言ったら、全部受け取らないつもりですって言ってたもん」
「マジかよ、俺からしたら嫌味にしか聞こえねえ!」
「はいそこ僻まない、やっぱりお返しするの大変だし断ろうと思うのもムリないよね」

その後になまえ先輩は誰かにチョコレートをあげるんですか?と聞かれて、首を振ったのも記憶に新しい。仲の良いご友人にもですか、夏侯覇先輩にもあげないんですかと矢継ぎ早に聞かれて、何故そこで夏侯覇?と首を傾げたっけ。

「あんなちんちくりんにあげないあげないって答えて……うっわ何?」

ずいっと身を乗り出して、夏侯覇がフォークの先を私に向けた。この野郎お行儀悪い、それにしても随分顔に似合う可愛いフォーク使ってんのね、引くわあ。

「フラグだろそれ!」
「はあ?」

いきなり何を言い出すかと思えば、夏侯覇はおもしろいものでも見つけたかのように表情を輝かせ、声を張った。ちょっとちょっとうるさいって。

「なまえぜってー文鴦に好かれてる!」
「はああ?」
「普通名指しで聞かねえって、チョコやるとかやらないとか」
「そうかなあ」
「気になるから聞いたんだって、俺ら小中も一緒だったから、何かとつるむこと多いだろ?」
「まあ、ねえ……気が楽なのは確かだけど」
「文鴦は俺らのこといろいろ勘繰ってるんじゃないかと思う、けど俺ら色恋沙汰の感情はこれっぽっちもないよな、言っとくけど俺はなまえを彼女にしたいとかぜってー思わない」
「私だってやだよ、夏侯覇みたいなケツが青くて乳臭いちんちくりんなんか」
「おま、さっきから言い過ぎじゃね!?」

ダァン!とフォークを持ったままの両手握り拳を机に叩きつけて、夏侯覇が抗議する、そっちから売ってきた喧嘩でしょ、買ったまでですけど何か?こんな手厳しくてブリザードの化身みたいななまえが気になるとか文鴦も見る目ないな、なんて言われてみろ、徹底的に言いくるめて潰したくなる。

それに夏侯覇が変なこと言うから調子が狂うじゃないか、文鴦くんが私に気があるって?なんで?だって話したことなんて数えたら片手で足りるくらいだし、接点は図書委員が同じってだけ。
更に更に天命ファイブに数えられてる文鴦くんだ、女の子なんて選り取り見取り、寄ってくる子は星の数。それだというのに接点の少ない私に、というのはおかしい。だから夏侯覇の予想は絶対ないと思う。ないない、ありえない。

「じゃあ賭けてみようぜ、そのうち文鴦はなまえに何らかのモーションを掛けてくる!」
「ないない、絶対ないから」
「もし一声でも掛けられたら俺の勝ちってことで、千疋屋のパフェおごってもらうかんな!」
「何それずるい!じゃあ別になんのアプローチもなかったら私の勝ち、資生堂パーラーのパフェね!」

かくして戦いの火蓋は切って落とされた、ちょっとお高いスイーツを賭けて。もし負けたらお財布が氷河期に入ることになるかもなんだけど、今更ちょっと不安になってきた。そういえばさっきからパフェパフェ言い合ってるけど、夏侯覇って存外スイーツ男子なのね……うん、引く!

20140306
20200422修正
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