先生は語る
丑三つ時を僅かに過ぎた頃、もう見回りなど来ないだろうと生徒達が油断するこの時間、一人で豪快な眠りにつきやがったガイを放り、俺は気ままに一室一室問題の多い生徒と気に掛かる生徒の部屋を巡っていた。
今回特に気になっているのは我愛羅、彼は特殊というか、問題児であるというわけではない方の理由で要注意。
家庭の事情で他の生徒達からの風当たりが異常に強い。
今年担任をして事情を知った、我愛羅の両親は自ら命を絶ち、その亡骸の第一発見者が我愛羅、とても幼い頃だったと話には聞いているがその悲しみや消失感、言いようのない感情はとても他人が理解出来るものではないだろう。
当時はメディアで騒がれ大事になった、そのせいで根も葉もない噂が流れ、いつしか尾鰭のついてしまった大袈裟な話に人々の憶測が紛れ、一体何が真実なのか、本人以外にわからなくなってしまった。
そんなことだから、恐らく我愛羅は両親が自ら命を絶ったことで塞ぎがちだった心を完全に閉ざしたのだと考えられる、元より口数の多い方ではないようだからそれも災いして周囲から言われるがまま、学校生活でも他人との不必要な接触は限りなく避けているようだった。
更に悪いことに避けられてもいるようで。
何度もそれとなく悩みがあるなら言ってちょうだいよ、とは伝えてあるんだがやっぱり我愛羅は塞ぎ込んだまま、修学旅行や学校行事なんかは常に目を掛けて置かないと確実に孤立、一番当たり障りのなさそうな田中と中田を組ませたが、二人共怯えちゃって。
まあ喧嘩っ早い荒くれと組ませるよりはずっといいと思うんだけどね、それでも怯えられて距離を置かれれば誰だって傷付くもんでしょ。
(まあ、大変なことにならなきゃいいけど、ってのが杞憂に終わってよかったというか)
それが突然どういう経緯かは知らないが、この修学旅行の初日の夕方、違うクラスのなまえと一緒に集合時間に遅れてホテルへと帰って来たから驚いた。見る限り、我愛羅自身も状況がよく飲み込めていないらしかったが、なまえの様子からして仲良くなったようだ。
全く接点のない二人が突然一緒に居る、どうやら何かしらの歯車がうまく噛み合ったらしい。
なまえはなまえで小悪戯をしでかしたり騒々しいことで要注意だったし、##name_1##の場合は予想通り集合時間に遅刻した。(去年受け持った俺のクラスに居たから行動パターンは把握してるんだよね、多分迷子)
お説教をして二人が部屋に戻った後、再び様子を見に見回りに行けば次も予想通り、なまえは我愛羅の部屋に居座っているようだった、廊下でウロウロこそこそしているのを視界の端に捉えた。
我愛羅の同室者を追い出したらしく悠々自適というかなんというか(恐らくガイの教員用修学旅行のしおりを盗み見たのだろう)ひとまず何食わぬ顔で我愛羅の部屋へ顔を出した。
俺に気付いた我愛羅はほんの一瞬だけいままでに見たことのないくらいの輝いた表情を浮かべたが、俺を認識するなり氷水でも被ったかのような表情に変わった、元々表情の変化が分かりにくいのだが俺も伊達に長いこと教師をやっているわけじゃない。
我愛羅は一度部屋を出たなまえを待っていた、期待と切望、からの絶望。
ごめんね俺で、でもすぐになまえも来るだろうから許してちょうだい、今回だけは特別に見なかったことにしてあげよう。
「まあ今回だけは大目に見てあげようじゃないの」
「……?」
「なまえなら心配ないから、あんまりハメを外し過ぎないよーに」
心底驚いた表情を見たのは初めて、我愛羅なら心配する必要はないでしょ、根が真面目なのはわかってる、なまえも間違いを起こすような子じゃない。
(バレたら俺も教師人生一巻の終わりだけど……バレなさそうなら、まあ今回だけは)
丑三つ時をも過ぎた早朝に近い時間帯、もう見回りもこないであろうと誰もがすっかり気を緩めている時間、良い子はぐっすり夢の中のはず。
そっと再び我愛羅の部屋に見回りに来てみると案の定、我愛羅となまえは一緒にぐっすり夢の中のようだった、ひとつ気になるところがあるとすれば一緒のベッドの中にいるということなのだが……。
間違いが起きた形跡はないようなので一安心、まあなまえもきっとうまくやるでしょ、ここまでやってくれて見つかるようなヘマはしないはず。(俺は例外として)
今回が最初で最後、なまえが我愛羅を暗い闇の底から引っ張りあげてくれると信じてる。
とりあえず、いい夢見ろよ。
20130825
20201207修正
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