ねえ、そんな冷たい涙を流さないで。
我愛羅からぽつぽつ落ちた水滴がアスファルトの雨水と交わっては消える、わからんちんとか言ったのがダメだったのかな、むりやりこっち向かせた時痛かったのかな。ごごごめんね!ごめん!ものすごい罪悪感に苛まれた。
雨みたいに落ちる涙の粒が大きくなりはじめた頃、動揺にパニックが重なった私は恥も構わず、いないいないばあ!を繰り返した、結果は変わらず。
絞り出すような声で我愛羅が呟いた。
「……お前が、謝る必要性は、ない」
「いやもう何でもいいけど、ほらハンカチあげるよ、鼻もかんでいいからさ!」
「……構うな」
「構うなとか構わないとかの問題じゃなくて私ホテルに帰りたいのよ我愛羅君!君が居ないと困るのだよ!」
帰り道がわかんないから一人で帰れないっつってんでしょーが、一緒に帰れよこのわからんちん!……あ、また言っちゃった。もう!泣き止めってば、いないないばあああ!なんて怒った顔でやっても意味ないか。
ハンカチを差し出したけど我愛羅は一向に受け取ろうとしないから、差し出した手前引っ込めるのも気が引けたし、ぎゅっと制服のネクタイを掴んで引っ張る、前のめりになる我愛羅の目元にハンカチを押し付けた。我愛羅びっくり。
「タダなんだから人の親切心くらい素直に受け取っとけばいいのに!差し出したこっちが気まずくなるでしょ!こんちくしょ」
「親切心なんか、ほしくない」
「まあ!そんなこと言っちゃうのはこの口か!この口!」
「は、なひぇ」
「ぶふーっ、がーくん変なお顔でちゅー」
ハンカチを押し付けた手と反対の手で我愛羅の頬っぺたを引っ張る、うに、と口角が片方だけ上がって半笑いが絶妙な笑いを誘う、泣き腫らした目だけど涙はもう出ていないみたい。よし。
「なんであんなこと言うの」
「……」
関わるなとか親切心はほしくないとかさ、誰だって親切にされたり優しくされたりしたら嬉しいでしょ、そりゃあ度合いにも寄るし小さな親切大きなお世話とか言ったりするけどさあ。
先にけしかけてちょっぴり馴れ馴れしく話し掛けのがむかついたなら謝るけどね。
「迷惑だった?あ、もしかして元々私がすごーく嫌いだったとか」
「違う!」
渋々ハンカチを受け取ってくれた我愛羅から手を離す、俯き加減でいた我愛羅は私の言葉を打ち消すように声を荒げた、わおびっくり。
雨樋から零れた雨粒が頬っぺたに落ちてちべたい。
「全くもう、がーくんはわがままでちゅねー何がそんなに気に入らないのかなー?」
「呼び方とその喋りがいやだ」
「あ、ごめん、うんごめん」
じとりと睨まれた、思いのほか怖かった。
「気付かないのか」
「え、何が?」
「俺の近くに寄らない方がいい」
我愛羅がまた繰り返した、意味わかんないんだけど。
「やっぱり私が嫌いだったのか!ガラータス、オマエモカ!」
「違う!……だから、そうじゃない」
渾身の古代ローマ風ギャグは見事にスルーされた、最初からスルースキル値マックスか。言葉を絞り出す我愛羅、紡ぎ出した言葉は想像もつかなかったこと。
俺の近くに居ると、不幸になる。
「……」
「俺のせいで、誰かが不幸になるのは、いやだ」
えーと、厨ニ病かな?この子大丈夫?我愛羅のせいで私は不幸になるの?え、でも今は一緒に居るけど別に不幸になんかなってないけどむしろ帰り道がわからない私にとって我愛羅は救世主なんだけど。
「死のノートでも持ってんの?」
「……は?」
「ほら名前書き込まれたら死ぬやつ」
「不幸の度合いがおかしい、そんなもの持ってない」
「じゃあ何?なんで私が不幸になるの?」
「さっき」
「さっき?」
もごもごと口ごもる我愛羅、さっきってあのいやーな感じのこと言ってた子達?もしかしてあいつらが言ってたこと気にしてたの?我愛羅と一緒だと陰口言われるから?
こくんと頷く我愛羅の瞳がまた揺れる。そうかそうか、我愛羅が私から体ごと視線を逸らしたのは私を巻き込まないようにするためだったのか、自分に言われる陰口が私に飛び火しないように。
「そっか、わかった」
揺れる瞳が伏せられる。
「よし我愛羅、帰ろう」
「え」
見開かれた瞳から溜まっていた大粒の涙が頬を滑り落ちる、我愛羅の手の中でハンカチはすでにぐしゃぐしゃ、握り過ぎ。何を言われたのか理解出来なかったのか我愛羅は何度も瞬きを繰り返す、涙が2、3粒零れた。
なんで。言葉は聞き取れなかったけど我愛羅の唇は確かにそう動いた。うん、あんまりしつこいとさすがのなまえさんも本気で怒っちゃうぞー。何度も言うけど、一緒にホテルに帰ってくれなきゃ私一人じゃ帰れないのよ。
「話を聞いてたのか、何度も言わせ」
「聞いてたけど我愛羅こそ私の話聞いてた?」
「俺と一緒に居るとお前まで陰口を叩かれる、親しかった友人も離れていく」
「まあまあ私の心配はいいからさ、現に我愛羅は何もしてないじゃん、私に」
我愛羅の噂、根も葉も無いやつに尾鰭がむだについて独り歩き、目が合っただけでぼこぼこにされるとか、私ぴんぴんしてますけど何か問題でも?
例えば両親を殺したっていうやつも、本当だったら今頃少年院でしょ、我愛羅はここに居ない。私は自分の目で見ないと信じないタイプです。
「でも俺が殺したも同然、自殺だった、最初に見付けたのは俺だから」
「……」
「……」
「……なんか、ごめん」
「別にいい、ただ先入観なく普通に話し掛けられたのは、嬉しい」
「……」
「何も悪くないなまえが俺みたいに傷付くのはいやだ」
うわ優しい子、人一倍傷付いている分、人一倍心の痛みがわかる、湾曲してたけど我愛羅は私を守ってくれたんだ、こんないい子がいつまでもどうして一人なのか私には理解出来ない、みんな友達見る目がないね!
うんうんよーし、と一人納得する私を我愛羅が不思議そうに見てた。とりあえず帰りましょ、むしろ私をホテルに連れてって。
「私意外と図太いからね、今から我愛羅を私のオトモダチコレクションに追加しようじゃありませんか!」
「え」
「はい、我愛羅ナビ起動!行き先はホテル!」
戸惑う我愛羅をよそに、雨宿りをしていた店先から一歩踏み出す、雨足は相変わらず、畳み掛けだった折り畳み傘を開いて相合い傘、少し狭くてお互いに外側の肩が濡れてるけど気にしない。
ホテルまでの道程を我愛羅が知っててくれてよかったし、私も傘を持っててよかった。
「あのさ、ここからホテルまでどのくらい?」
「確か、15分くらいだ」
「集合時間が18時だから、えーと今何時?」
「……じゅう、はち」
「……」
「……」
スタンディングスタートを切りました。
20121228
20201207修正
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