小話 | ナノ

一週間前からずっと浮かない空模様、三日前からは濃い霧が掛かっていた、昨日から降り続く雨をぼんやりと眺めながら、全く進まない書類整理に嫌気がさしている今。

机の上に用意されている茶は一口も口をつけないまま冷めきっていた、俺の好きな濃さじゃないことはわかりきっている、元々飲む気なんて最初からなかったし。

ふ、と小さく短いため息をつきながら、里内外調査の報告書や予算案、周囲の里の状況や民衆の要望書に目を通す、これらが終わらないのは目を通すものの内容がまるで頭に入ってこないからだ。読んでも読んでも理解するのに随分と時間が掛かる、ああもう、らしくねえ、机に肘を付いて前髪をくしゃりと掴む。

多分イライラしているんだろう。

一週間と少し前、まだ気持ちのいい快晴が続いていた日のことだ。

俺には側近になまえというやつがいる、霧隠れの里の忍にしては底抜けて明るく快活、時々的外れな発言をするいわば阿呆なくのいち。しかしその阿呆さ加減に救われていることも少なくない。

そいつを里外任務へとやったのはいいのだが、思いのほか時間が掛かっているため帰還が遅くなるという報告を受けた。俺の不調と浮かない天気はその日から、心配を通り越して不安がずっと付きまとう。

大したことのない任務を渡したつもりだった、ちょっとしたおつかい、そんなノリのもの。隣の小さな村へ言伝を頼んだだけである、それも本当に大したことのない言伝だ、行って帰ってくるだけで三日と掛からないはずの道中、思いのほか時間が掛かる意味がわからない、道に迷ったとしか考えられない。

あの阿呆のことだ。

何をしようにも心配過ぎて胃が痛い、様子を見に行きたいところだが、水影である手前、そうやすやすと里を空けるわけにはいかない、募る苛立ちに内側から磯撫が心配そうに問いかけてくる。大丈夫、まだ大丈夫。

少しばかり頭を冷やそうと、気分転換に席を立ったのと同時に扉がノックもなしに勢い良く開かれた。

「ただいま戻りましたやぐら様ァ!」
「てめえおっせえんだよ、どこほっつき歩いてたんだこの阿呆!」
「あだっ!やぐら様痛い!なまえさんわりと重傷なんでお手柔らかに!」
「……お前、これ、何した?」

部屋に飛び込んできたのはなまえだ、勢い余ってついどついてしまったが、こいつ一体何をしてきたんだ?たかが言伝に何故こんなにもボロボロなんだ。

「いやあ、それがですねー」
「どうせ迷子だろ」
「なんでわかっちゃうんですか!?すっげやぐら様超能力者ですか!」
「ンなことはどうでもいいし、遅くなった理由と怪我の原因!」
「えっとですね、迷子になった矢先で抜け忍軍団とご対面してしまいまして、もう数が多勢に無勢過ぎて笑えなくてですね、あはは!」
「……」

迂闊だった、最近妙に静かだった野盗や抜け忍の動向に気を抜いていた、不幸中の幸い、何はともあれ俺のミスだ。

からからと重傷のくせに笑ってるなまえはやはり阿呆、多勢に無勢の相手をするなんてどうかしてる、水影である手前、なんて言い訳なんかしないで迎えにいってやればよかった、今更後悔したって遅過ぎるが。

何はともあれ、無事でよかった。

「や、やぐ……」
「うっさい黙ってろ」

なまえにもしものことがあってしまった、もしかしたら失っていたかもしれない、この阿呆面をもう二度と見ることができなかったかもしれない。

存在を確認するように、無言でなまえを抱き締めた、長いため息と一緒に不安も全て吐き出した。

「やぐら様の側近である私がそう簡単にやられるわけないじゃないですか」
「大口叩いてこの怪我かよ」
「そ、それはですね」
「心配、させんな」

ごめんなさい、と蚊の鳴くような声で呟いたなまえは少し震えているようだった、今になって死ぬかもしれなかった恐怖を思い出したのだろう。縋るように抱き締め返してきながら、でも、と続けたなまえに視線を合わせる。

「やぐら様が死ぬまで、私は絶対死にません!」
「……ばーか、そんなの当たり前だし」

まっさらでまっすぐ、その愚直さに幾度となく救われ、助けられてきた。

もう二度とこんな思いはしたくない、そして絶対にさせない。

「ちょ、ちょ!」
「は?」
「やぐら様もう一回!そのばーか、っていうの今一度ください!すっごいキュンキュンしました!ハアハアツンデレ美少年が照れながら言うばーか、の破壊力と言ったら!」
「おい待て、今少年っつったか!?ふっざけんな俺はもう大人だし!」
「見た目と年齢のギャップがたまりませんんん!」
「くねくねすんな気持ち悪ィな!」
「つかの間のデレがまたイイ……!」
「聞け!」
「下半身がウズウズむらむらしてきちゃっいました!」
「はァ!?」
「やぐら様、今からイイことしませんか?気持ちイイこと!ね!しましょう!さあさあさあ!」
「やめろ寄るな!こっちくんな!珊瑚掌!」
「やぐらさぶへあ!」

出来れば阿呆さ加減をもう少しどうにかしてほしい。




6thフリリクサルベージ
20131017
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