小話 | ナノ

愛だの恋だのそれに附随する恥ずかしい気持ちや照れ、それらの感情だけどこかに置いてきてしまったのか、ただ単にそういった感情を伴う経験をほとんどしてこなかったゆえに鈍いだけなのか、きっと全てなんだと私は推察する。

「ん」

我愛羅が少し顔を傾けて唇を突き出した。私は見慣れた格好だ、私は。

「……うん?」

空気が凍るというのはこういった時に使うものだと確信しながら、抉られる勢いで刺さる視線の数々にいたたまれなさを一人で背負う。

「や、あの、我愛羅……みんな見てるから……」
「それがどうした、いつものことだろう」

え、いつも?毎朝こうなの?いってらっしゃいのチュウ?ざわつくその場の空気は混沌、好奇や呆れ、興奮や羨望、ないまぜになった雰囲気に穴があったら入りたかった。

ほんの数分前のこと。

今日から我愛羅は近隣の国との会議のために数日里を離れることになっていた、その間こちらでの長の代役をカンクロウが務めることになっている。全てのことに対応ができるよう綿密な計画のもと備えがなされているけれど、ほんの数日とはいえ風影が不在の間に何かが起きてしまっては本末転倒、国境の警備が多少増やされ万全の体制が敷かれた。

そして我愛羅の出立の日の早朝。見送りのためと我愛羅の帰里までの注意事項の最終確認に、カンクロウと私、我愛羅直属の精鋭部隊、上忍の代表が里門の前にあつまっていた。

しばらく里を任せる、ああ任せておけ。そんなやり取りをカンクロウとしたあと我愛羅は私の前に立って、数秒お互いに見つめ合ったかと思えばいつものルーティーンをせがんだのだ。ただしこれは家の中だけのことであって、外でしたことなど一度もない。そもそもするタイミングが家の中だから、であっただけなのかもしれないが。

我愛羅は朝起きて一番に額や頬にキスをしたがるし、して欲しいとねだる。そして出かける前に唇を合わせたがる、もちろん帰ってきた時にもだ。最初の頃こそこっちが恥ずかしくてもじもじしていたけれど、気がつけばそれが当たり前のようになっていて、よほどのことがない限りはそれが普通になっていた。家の中では、の話だ。

それが仇になったかどうかはわからないけれど、我愛羅はきっとしばらく帰ってこれないからここで毎朝の習慣をしておきたいのだと思う、でも家を出る時にしたよね?小さな声で牽制のつもりで言ってみたものの、意思は汲み取ってもらえなかった。

「……なまえ」

早くと言わんばかりに名前を紡がれる、固唾を飲んで見守らないでお願いだからみんなよそ見していて欲しい。ちら、と周囲を見回してみたら見ない方がよかったと心底後悔した。みんな見てるほんと見てるすごい見てる、我愛羅と私がいちゃつくところそんなに気になるの?

「なまえ」

急かす我愛羅に、ええいままよ!と勢いよく服の裾を引っ張って屈んだ我愛羅の額に一瞬唇を押しつけてパッと離れた。それだけでも周りが「おお!」なんて感嘆の声を上げるものだから顔から火が出そうだった。もうやだ公開処刑だよこんなの。

そっと我愛羅に視線を移せばびっくりするくらい不服そうで、これはまずいと確信する。離れようとした私の両肩を掴んで距離を取らせまいとしただけでも周囲が感嘆の声を上げてくれるから、本当に居心地が悪い。そのまま我愛羅の手が両頬を包んでゆっくりと上を向かせてくれる。

ほとんど噛み付く勢いでばくりと唇を奪われ、舌こそ入れられなかったものの、ふにふにと唇を唇でもてあそぶ。好きなように唇を重ねて我愛羅の気が済む頃にはもう腰砕けになっていて、我愛羅にしなだれかかっていた。

「……何も人前で、あんな、うう」
「公衆の面前で一度は釘を刺しておかなければなまえを執拗につけ狙う奴がいるかもしれないだろう」

ざわざわする周囲なんてそっちのけでなんの心配をしているんだ、私なんか狙う物好きなんているもんか。むしろ風影になって順調に素敵にかっこよくなっていく我愛羅ファンの方が明らかに多いし、私の方がやきもきしちゃって困るくらいだ。

「本音を言えば一緒に連れて行きたいがカンクロウに全力で止められた」
「うん私もそれがいいと思う」
「……」
「拗ねないで我愛羅、公私混同はまずいからね」

微かにむくれる我愛羅の頭を撫でて帰ってきたら離れていた分たくさんゆっくり過ごそうね、と提案した。いつまでもこうはしていられない、我愛羅の護衛の一人が私にそっと「あの、そろそろ……」と震えた声で耳打ちをしてきたからだ。我愛羅、護衛の人怖がってるからそんなに睨まないであげて。

「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「ああ」

ぎゅう、と我愛羅を抱きしめると我愛羅も同じように抱きしめ返してくれる。名残惜しげに離れてすぐに出発した我愛羅たちが見えなくなるまで、その場にじっと立ち続けた。

離れるのってやっぱり寂しいものだね、もう恋しいなんて言ったら我愛羅は笑って「俺もだ」って言ってくれるかな。我愛羅も同じ気持ちだったら嬉しいな。


後日、無事に何事もなく帰ってきた我愛羅たち、しばらく一緒にべったりゆっくり過ごしたのは言うまでもなく、こっそり護衛から聞いた話。

風影様、おやすみになられるまでずっとなまえ様のお写真を眺めて小さなため息を何度も何度もついていらっしゃいましたよ。って。

20210101
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