砂隠れの里での医療は時折杜撰なものがある、草木が育ちにくい砂漠地帯ということも相まって他里よりも多少医療忍術が劣る、そんな中でも砂隠れの医療忍達はより良い医療忍術を築き上げるために日夜研究と実験に励んでいる。
「その結果がこれかよ!」
医療施設の中から叫び声に近い怒声、研究チーフであるなまえの声、いつもと少し違う気がする。
というのも緊急報告を受けて風影である我愛羅直々にここへと駆け付けた。風影としても我愛羅自身としても、大事で特別な存在のなまえの身に異変が起きたとなれば、今日付けの書類など価値のないただの紙切れに過ぎない。緊急で報告に来たやつを危うく手、ならぬ砂に掛けそうになったことは内緒である。
全速力で施設に飛び込み室内の扉を破壊しかねない勢いで開けた、一体なまえの身に何があったのか。
「なまえ……!」
「あ、がーらっ」
扉を開け放ち室内を見回すがなまえの姿は見当たらない、代わりに左足に感じた軽い衝撃と下からの声、舌足らずな喋り方に覚えはないが声質はなまえ、下に視線をやれば小さな子供、誰だ、いや……なまえか!
「なまえ……?」
「がーら、見ないうちにずいぶんと巨大化してくれやがって首がいたいのでだっこしろください」
「……」
「ん」
足にしがみついて見上げてくるなまえは足から手を離すと抱っこ抱っこと腕を延ばしてせがむ、縮んでも相変わらず口は悪い。
「何故縮んだ」
「あの、チャクラバランスを整えて、その、回復を促す薬を作るつもりが」
もごもごと歯切れ悪く居心地悪そうに話す一人の医療忍、気まずいのか目を合わせようとしない、足元でぴょんびょん跳ねて抱っこ抱っことせがむなまえを横目に見る。気が気じゃない。
如何せん可愛いすごく可愛い、なまえの幼少を知らない俺からすれば嬉しいこの上ない事件、よくやったなどとは風影である手前、口が裂けても言えないが。
「がーら!」
「……あ、ああ」
小さい足で足首を蹴られた、無視されているとでも思ったのだろう、しかし抱っことはどうやればいいんだ、俺は子供を抱いたことなどない、どうしたものかと手を出したり引っ込めたりしていたら、見兼ねた医療忍の一人が怖ず怖ず口を開いた。
「あ、あの、抱っこでしたら、こんな感じに」
あまりいい思い出ではないが昔見た、そして幾度となく憧れていた姿、父親が子を抱く図、少しだけ胸が痛んだ気がした。なんだか他のやつがなまえに触れるのもあまりいい気はしない、半ば引ったくるように自分でなまえを抱いた。
子供というのはこんなに体温が高いものなのか、加えてひどく脆い柔らかさ。力加減を間違えたら潰してしまいそうだ。
「まったく!ぽーしょん的なくすりをつくってたのに、どーやったらわかがえりのくすりになるのかりかいできない!」
「ポーション?」
「ようするにかいふくやく」
俺の腕の中でなまえがぐちぐちと医療忍達に厭味と文句を言う、察するに自ら被験体になったようだ、誰よりも医療忍術に長けていたから医療関係は常になまえが筆頭で行う。
「だから言ったのに、きっちりぴったりはかったのかてめー!ふじゅんぶつ混じりにもきをつけやがれこのやろうが!」
「す、すいませ……」
悪態もつくなまえだが子供の姿で言ってもいまいち迫力に欠ける、舌足らずが相まってどう転んでも全ての要素が可愛い、小さな手で、薬草と混合ヨモギの比率はいくつだのとジェスチャーを交えながら説明する姿はとても和む。
それだからやはり医療忍のやつらも俺同様になまえを見て和んでいる、小さいなまえさんも可愛いな、なんて呟かれた一言を俺は聞き逃さなかった、ひくり自分のこめかみが痙攣するのがわかる、いらいら、あまりなまえを見るんじゃない。
お前ら薬作りに失敗したならもっと反省しろ、なまえを抱く手に力を入れれば、いたいんですけど、と頭を叩かれた。風影の頭を叩けるやつはなまえ以外に居ない、医療忍達は揃って青い顔。子供の手は叩かれても大して痛くない。
「いつ元に戻る」
「さあ、今日かもしれないしあしたかも、5分後かもわかんない」
「……そうか」
「ねえなんでちょっとざんねんそうにしてんの、もとにもどるなってか?がーらくん」
「せめて今日一日は」
「せめて、なんだとこのやろ」
「まあいい、一度邸に戻る」
「よかねーだろばかちん、しかつもんだいだよ!もどれなかったらせいかつがままならないじゃん!」
「安心していい、俺がお前を育てる」
「ふあんしかみあたらねーよ!」
医療忍達が早急に元に戻る薬を作るとかなんとか言っているが無視して背を向けた、なまえが早く試行錯誤しないと後でぶっ飛ばすぞなんて言うのがいけない、せめて今日一日は小さいなまえを眺めていたい。
少しは愛でさせろ。
歩いて風影邸に戻る途中(なまえは砂に乗れと煩かった、いやだ俺は歩きたい)めんどうなことにカンクロウと鉢合わせた、常日頃から阿呆面なのに俺となまえを見るなり阿呆面が更に阿呆面になった、もはや馬鹿面。
「が、我愛羅の……いや、なまえと我愛羅の?」
「そうだ」
「ちがうばかやろうあほぬかせ!うそつくなわたしなまえ!」
「え……なまえ?え?」
ミニサイズじゃん、なんでそんなに縮んでるわけ?カンクロウはありのままの質問をしてくる、少しは頭を使え、医療忍術に長けたなまえについて考えればだいたいの予想がつくだろうが。
「いつ戻るかわかんねーの?」
「調合比率を控えておかなかったらしい、分量がわからないと効果の持続性も予想がつかないそうだ」
「じぞく時間がわかればぎゃくにひりつがわり出せるし」
「へえ、それにしても我愛羅は嬉しそうじゃん」
「いや……そうでもない」
「その間はなんだねがーらくん」
「なんでもない」
「にやけそうになってるくちもとがあやしげだよ!」
「いや……そんなことはない」
「だからその間はなんなの!」
(まるで漫才じゃん、あの我愛羅が漫才なんて成長したじゃん!)
ぐずる子供をあやすのは大変なんだな、と言ったらなまえは睨み上げるように俺を見た、怖くない、むしろ愛らしい。
カンクロウは一人で勝手に感動して泣きそうな顔をしていた、何を考えているのかは知らないが涙で隈取りがぐちゃぐちゃになってしまえばいい、笑ってやる。
意味のわからないカンクロウは放っておき歩き出す、ゆっくり歩いても風影邸まではそう遠くない、着くまでにすれ違う人々が少なくとも3度は振り返った。見世物じゃない。見るな。なまえは未だにぶすくれたまま、人々の視線などはまるで気にしていないらしい。途中で団子を買って与えてみた、ご機嫌になった。
「んーこまった」
「どうした」
「たべきれない」
「食べてやる」
「ん」
目の前に掲げられた団子、小さいなまえの手は片手だけでは団子の串を持てないらしく両手で支えている、団子に噛み付いて続きを食べた、甘い。
「んまい?」
「ああ」
「がーら、ついてる」
咀嚼して嚥下、抱いているなまえが俺に顔を近付けてきたかと思えば唇の端を舐めた、団子に噛み付いた時、タレがついたらしい。
「なまえ」
「うん?」
「あと一週間このままで」
「ぜったいやだ」
小さな握りこぶしで目潰しをされた、案外痛いものだ。
見た目は子供!
(夕飯は任せておけ、砂肝定食だ)
(やだ!それすごくやだ!)
(危ないから風呂も一緒に)
(むしろがーらといっしょがあぶねーよ!)
(寝かしつけも任せておけ)
(はやくもとにもどりたい!)
20120527
← / →