寝苦しくて夜中に目を覚ました、しょぼしょぼする目を開けたら驚愕に加え、恐怖が頭のてっぺんからつま先までをものすごい速さで駆け抜けて危うく失神するところだった。目の前、まさに目と鼻の先に爛々と輝くエメラルドグリーンの双眼がそこにあったのだ、これは立派な恐怖体験、ホラー特番に投稿出来る恰好のネタである。
ぎょっとしたものの、そのエメラルドグリーンには見覚えがあったからとりあえず右手で思いっきり目の前のエメラルドグリーンの双眼を持つ彼の左頬をはたき倒しておいた。バチーンと、とてもいい音がした。
その後すぐにエメラルドグリーンの双眼は目の前から消え、続いて鈍い音と呻く声、布団から起き上がって電気を付ければ床に転がって痛みに悶えている我愛羅が居た。
「ねえ」
「い、痛い……!」
「我愛羅、何してんの」
「え、あ、いや、その」
急に明るくなった室内でエメラルドグリーンの双眼を眩しげに細めながら我愛羅はもぐもぐとはっきりしない、何をしているのか問うているのに出てくるのは意味のない音ばかり。明日も早朝出勤なのだからふざけるのも大概にして安眠させてちょうだい。
大体あんたも明日普通に学校あるでしょうに、おふざけの過ぎる弟の相手も全くもって大変である、今何時だと思っているんだ。
「なまえが」
「私?」
「遅くなると」
突然何を言い出すかと思えば。
「ああ、ここしばらくは遅くなるし朝も早いって言ったね、うん」
「それでもおれに弁当、食事の用意はしてある」
「洗濯と掃除はやってもらってるし、食事だけはきちんとしておかなきゃ困るしね」
「だからせめて行ってらっしゃい、おかえりくらい」
ああ。
帰りは遅くなるから先にさっさと寝なさいね、とは言ってある。朝も早いからロクな会話もなかったりするから、こいつそれを言いにこんな夜這い紛いなことを?
「でもなまえは寝てるし起こすのも忍びない」
「いや実際起きたがな」
「だ、だからせめて頬にキ……キ、キス……」
「はあ?」
そこで何故キスが出てくるのか私には全く理解出来ないんだけど。
「おかえりのハグの方が良かっただろうか……?」
「いやいやいや新婚夫婦じゃあるまいし何で抱き合ったりキスする必要があるのよ」
「い、いやか?」
「いやとかそういう問題の前に私達の関係は?姉弟でしょ?」
「おれはなまえを姉だと思ったことは一度もない」
「え」
痛みに悶えていた我愛羅は何時の間にか立ち上がっていた、何やら不穏な空気になってきたではないか、私のベッドに我愛羅がゆっくり腰掛けるとスプリングが私と我愛羅の重さにひと鳴き。そのまま四つん這いでにじり寄ってくる我愛羅には恐怖しか感じない。どや顔やめろ、待てこら寄るな。
「おれはなまえとハグしたりキ、キキ、キスしたい」
「何でキスだけ物凄く照れてんの」
「なまえが他の男と付き合った時なんて気が狂いそうだった、もうあんな思いをするのはいやだ、なまえと結婚するのはおれだ」
「法律的にまず無理だからね」
「じゃあ結婚はしなくてもいい、ずっと一緒に二人で暮らしたい」
どこで育て方を間違えたのかしら、我愛羅は私を姉と認識せずに女として見ているらしい、もしかしなくても今の今までずっとムラムラされたりしてたってことかな、以前から下着がいくつか紛失していた理由が今わかった気がする。
「その前に私の下着返してくれる?」
「なまえが一生おれと居てくれると約束するなら返す」
「あっさり認めやがったなちくしょう」
待てなど聞いてなかったかのようにスルーして我愛羅が私に覆いかぶさるように迫りながら、なまえが了承さえすればもう下着は必要ない、そう言ってくる。顔が近くて吐息が掛かる、男のくせに我愛羅はいい匂いがした、異常にドキドキしてるのは恐怖のせいだ、罪悪感のせいだと必死に言い聞かせる。私はおかしくない。
「なまえが愛しくてどうにかなりそうだ」
「どうかしてる」
「好きだ、なまえがほしい」
「我愛羅、があ、ら……っ」
何時の間にこんなに大きくなってたの、手も大きく筋張っていて、しゃべるたびに上下する喉仏を初めてまじまじと見た、いつまでも可愛い我愛羅でいるわけじゃないんだね。首筋に吸い付いてくる我愛羅は震えていた、泣いてるみたい。
「他人だったらよかったのにね」
「おれは、なまえの弟でよかった」
「なんで?だって他人なら結婚だって」
「住む家も帰る家も最初から一緒、おれ以上になまえを知るやつはいない、結婚?させるかおれがする」
くぐもった声、もう何も言えなかった。
20130422
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