ダウナーダウナー | ナノ

勢いのまま流れを変えたくて一緒にシュークリームを食べようなんて提案をした、ダメで元々、断られるものだとばかり思っていたけれど思っていた結果とは違う方向へと話が流れて、大谷くんは意外にもいい返事をくれた。もそもそと緑茶と紅茶、コーヒーがあると言われてちらりと表情を窺われた。


「……」
「えっと、選んでいいの?」
「……ああ」
「どうしようかな、じゃあ大谷くんと同じのがいいかな!」


シュークリームを持ってと一緒に飲み物をとキッチンを借りるね!と意気揚々、しかし困ったことに他人のキッチンの勝手が全然わからない。いいマンションに住んでいるだけのことはある、料理好きな人が見れば垂涎もののシステムキッチン、収納スペースも多くて慣れていれば使い勝手がとてもよさそうだ。ただし新参者にはお湯を沸かすのにやかんやらコップ類の場所が謎である。

あ、開けていいのかなこっちかな、ポットあるけどこれお湯入ってる?待ってそもそもお茶、紅茶、コーヒーってどこにあるの?困り果てた私が呆然とキッチンで立ち尽くしていると急に真後ろからぬらりと腕が伸びてきた。


「……やかんはこっちだ」
「わっ!」
「俺は紅茶がいい、ポットとカップはここだ」


音もなく真後ろに佇む大谷くんに肩が盛大に跳ねた、驚いて振り向くとやかんにお水を入れてIHに乗せたところだった。私が盛大に驚いたことを気にも留めていないみたい、あんまりこういう反応するのも失礼だし気分はよくないよね。気をつけないと、三成や高虎にどやされるのも絶対にいやだ。

アールグレイと書かれた箱からふたつティーバッグを取り出してカップに置いた、ふと大谷くんがいるであろう背後になんとなく顔を向けてみると、大谷くんは私から三歩ほど離れてじっと立っている。脇目もふらずにじっとやかんを見つめて微動だにしない、怖いくらい動かないから、そのまま消えていなくなってしまうんじゃないかとまで思ってしまった。

そんなホラーな展開は求めていないけれど、すっと儚く消えていく大谷くんはきっと綺麗だろうな、なんて不謹慎不謹慎。


「どうかしたか?」


あまりにもじっと見つめていたせいか、居心地が悪そうに大谷くんが伏し目がちに聞いてきた。さっき思ったことを言うわけにもいかず、なんでもないよと言うのもあからさますぎる。


「大谷くん」
「ん」
「そばにいてね!」
「……うん?」


ついて出た言葉がそれだった。なんのこっちゃとでも言いたげな視線が刺さる、苦し紛れに出たんだ仕方がない。笑っておけばなんとかなるといつも本気で思っているので、私は笑って誤魔化した。でもどこかにふらりといなくなって欲しくないなと思ったのは確かだ、せっかく友だちになれたのであればできる限り仲良くしたい。あと心の底の本音を言えば沈黙が苦手だ、できれば気まずい空気には晒されたくない。自分本位で申し訳ないけれど。

そうは言っても、こればかりは口先で友だちだのなんだの言ったところでなんの意味もない、信頼関係というものは時間をかけて育んでいくものだ。うん、私すごくいいこと考えた!うんうん、と一人で頷いていると大谷くんがいよいよ不審げにこちらを見る。気にしないで自己完結したからもういいの。

ちょうどその頃やかんのお湯が沸騰しかかっていたようで、湯気がしゅんしゅんと急かすように立ち昇る。IHのスイッチを消してカップにお湯を注ぐと紅茶のいい香りがふんわりと漂う。

3分ほど蒸らしてティーバッグを取り出した、琥珀色の雫がぽたぽたとティーカップの中に落ちて水面を揺らす。トレイに2人分の紅茶とシュークリームを載せて運ぼうとしたらヒョイと大谷くんが持っていってしまって、私はぽかんとその場に立ち尽くした。


「どうした?」
「え、うん?なんでもないけど……えっと、ありがとう?」
「……いや」


大谷くんが率先してこういうことをしてくれるのを初めて見たからびっくりしたと正直にいうのはさすがに失礼だな、と思って言葉を飲み込んだ。そもそも大して大谷くんの挙動についてを知り尽くしているわけでもないから私がとやかく言える立場ではない、むしろ私の方が挙動不審に見える。だから大谷くんが私を不審げな目で見るのは大正解、当たり前だ。

以前高虎や三成と一緒に来た時のようにリビングへとお茶会セット(今さっき命名した)を持ち、トレイからテーブルに置いた大谷くんは紅茶をひと口すすって「……あつ」小さく呟いた。まだふわふわと浮いている湯気が飲み頃はまだだよと言っているみたい。


「大丈夫?」
「……ああ」
「先にシュークリーム食べよう」
「……そうだな」


いただきまーす!とシュークリームに勢いよくかぶりつくと、中のカスタードクリームがかぶりついたところとは反対からてろりと流れ出てきてしまった。慌てて手で抑え込んでしまい、逆に口元へと出てきたカスタードクリームが口の周りを覆う。にっちもさっちもいかなくて慌てていると、微かに噴き出した気配を感じた。目線を大谷くんへとやれば確かに笑っている、ぺちゃ、とカスタードクリームがテーブルに落ちた音を聞いたけれどもはやどうでもよかった。

大谷くんが笑った、大笑いとは程遠いがあれは確かに笑っていた。


「……悪い」
「えっ」


すぐに笑いを引っ込めてしまった大谷くんがまた目線を下げてしまって、何故か謝られた。私が驚いて大谷くんをじっと見ていたのを怒ったと勘違いしたのだろうか、だとしたら謝るのは私だ、せっかく笑ってくれたのに余計な気を遣わせてしまってごめんね。違うの、大谷くんが笑ってくれたのに感動していたんだよ。ここで違うよ怒ってないよ!というのも白々しい、どうやって切り返そうかと考えてみたけれど、いい案はすぐには浮かばない。ええい、ままよ!


「私シュークリーム食べるのヘタみたい!」
「……え」
「あはは!ベタベタになっちゃった!テーブル汚しちゃってごめんね」
「……ふ」


ふよふよと口元が揺れている、まだツボに入ったままだった、よかった。


「もー!大谷くん笑ってないでティッシュちょうだい!」
「……ふ、おばQ」
「それもう忘れよう大谷くんんん!」


いい感じに突っ込みを入れられるようになってきたかな、と思った矢先に私の黒歴史を突然掘り起こされて思いがけず悲鳴に近い突っ込みを入れてしまったのは大谷くんがよろしくないと思いました。ねえ早くティッシュください。

20210914
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