ダウナーダウナー | ナノ

しばらく困っていたものの、大谷くんはそれから程なくして目を覚ました。お互い無言の状態で硬直している、ここで私が大声を出したらダメな気がする、大谷くんが一生この部屋から出てこなくなるかもしれない……と、思って。

しがみつかれてしばらく気まずいまま見つめ合って(本当に気まずい誰か助けて高虎ァ!)一言も発せないままで時間だけが刻々と過ぎていく。


「……すう」
「大谷くん寝るの!?」


一緒に横になったまま見つめ合い、大谷くんは現実逃避に大きく傾いたらしい。突っ込まずにはいられない。
そういえば大谷くんをここまで近くで見たのは初めてだ、いつも若干遠いし俯いていて表情は読みづらい、それに部屋の中でも生地が薄めのネックウォーマーと、見方によっては猫耳っぽく見える帽子も被っていたけど、今はどちらもない。

心配になるほど透き通るような肌、睫毛は長くてパーツも全てが整った顔立ち、三成もイケメンではあるけれど、あれはちょっと私にはキツ過ぎる。もう少しマイルドな儚さに全振りしたようなイケメンというのであれば大谷くんだろう。

そろそろお気付きかと思うが、整った顔立ちが目の前にあるということは少なからず緊張するものだ。大谷くんがとても綺麗なお顔をしているおかげで、それを至近距離で見ている私は今、とても焦っている。

健全な男女二人がベッドで寄り添って(正しくはしがみつかれている、だ)寝ていれば否が応でも不健全なイメージがちらついてしまうわけで、大変まずい状況だと大谷くんにも認識してほしい。
すぐに離れて欲しいし、離れたいのだが大谷くんの腕は絞め殺す勢いで私に巻きついている。さあどうする!


「お、大谷くん、あの、ほら……ね、腕」


あまりきつく言うのも気が引ける、この状況はちょっとやばいよね、とわざわざ口にするのも恥ずかしい。そうなるともう察してもらうしか他に方法はない、身じろぎしてみても微動だにしない大谷くんは鋼鉄の心臓でも持っているのだろうか。
会って間もない女子にしがみつけるその強さ、下心が全くないのはわかっている、現に大谷くんは微動だにしない。子どもが母親に縋り付いてぐずる様そのものだから。

なけなしの母性が目を覚ましぎこちなさが残る手つきで恐る恐る頭を撫でてみれば、飛び上がるようにして大谷くんは顔を上げた。見開かれた瞳には読みきれない感情がたくさん詰まっていて、どんな言葉をかけていいのかわからず笑ってみることはした。
が、多分ひどく引きつっていたと思う。

察したのか自分のしたことに後悔を覚えたのか、大谷くんは見たこともない速さで起き上がった。驚いた猫のように飛び退いて文字通り転がってベッドから落ちていく。まるでコントだ。


「……悪かった」


たっぷり10秒、部屋の隅で縮こまり、背中を向けられたまま蚊の鳴くような声で謝られた。いいよ、大丈夫、私こそごめんね、どの単語も違う気がする、やっぱり返す言葉が見つからなくて「えーっと、えっと、あの……」言葉にならない音を搾り出してその場を凌いだ。
ベッドの上で転んだままだった私もゆっくり起き上がり(乱れたスカートを正しつつ)ベッドから降りて正座した。

このまま何事もなかったことにして帰りたい、しかしこのまま帰れば次に高虎と三成に「また行ってこい」と言われた時にとてもしんどい、大谷くんとの距離感が取りづらくなるのは目に見えている。
後腐れなくどうにかならないものか、重たすぎる沈黙がさらに居心地を悪くさせていっそ意味もなく叫び出したいくらいだ。

そんな無音の中で第一声を発したのはまさかの大谷くんだった、瞬きすら忘れて食い入るように見つめてしまう。大谷くんは僅かにこちらに向き直り、ばつが悪そうに「悪かった」さっきよりも通る声で囁いた。


「あっ、いや!えええと!あの二人に鍵も渡されちゃってね!何かあってからだと困るって言われて図々しくお邪魔しちゃったのはごめん!あと、あと大谷くんのお部屋に入っちゃったのも!」
「……」
「それと、それから……えっと、ほら!大谷くんすごいうなされてて、見るに耐えなくて起こした方がいいかなって、思って……その」


大谷くんの第一声をきっかけに、咄嗟に思いついたことを口走れば後から後から言葉が溢れてくる。捲くし立てて言い訳がましいような口調になってしまうけれど仕方がない、なるべく当たり障りなく言おうとするせいで、しどろもどろなのも仕方がないこととする。
私の一言一言に微かながら頷いている(ように見える)大谷くん、またしばらく沈黙が続いてもぐもぐと口を動かすと細くて長いため息をこぼした。


「……夢見が悪かった、起こしてくれて感謝する」


長くて艶のある髪がサラサラと流れて大谷くんの顔を隠した、男子に綺麗だなんて言うのも失礼だと思って、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。何はともあれ落ち着いてもらえてよかった、このまま、というのもなんだからお茶でも入れさせてもらおう。

この出来事は高虎と三成に言うには少々気が引ける、一緒にお茶してとりとめのない話をしたとだけ報告すれば十分だと思う。
そういえば、手土産にシュークリームを持ってきたことを思い出してさっきの勢いのまま提案をした。


「あ、あのさ大谷くん、今日はシュークリーム持ってきたんだよ!甘いものってほっとするしあったかいお茶とか紅茶を飲めばかなり気分も和らぐと思うんだよね!私シュークリーム大好きだからめっちゃ食べたいなー!大谷くんも一緒に食べて欲しいなー!」


空回っていようがいまいがお構いなし、底抜けの明るさを総動員して声を張った。たっぷり十数秒したのちに大谷くんは小さく頷いてほんの少し顔を上げてくれた。報われた。

20201025
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