おじさま×甘党×ドライヴ | ナノ

「行ってきまーす」


わたし、なまえはようやく苦しい受験生活から解放され晴れて大学1年生となりました。一応滑り止めも受けておいたけれど、苦労の甲斐あってた見事希望の大学に合格!

それもこれも、受験当日に近所に住むおじさまの張遼さんにしてもらったおまじないのお陰かな。

く、唇の端っこにキ、キキ、キスみたいな……なんてきゃー!今思い出すだけでも恥ずかしい!

で、運命の合格発表の日には落ちてたらどうしよう、なんて不安でガチガチになりながら惇にぃに付き添いを頼み込んで、一緒に合格発表を見に行った。

いつまでそうしてるつもりだ早く見て帰るぞ。

なかなか掲示を見ようとしないわたしを惇にぃが呆れたように急かす、だってだって怖いんだもん!恐る恐る顔を上げて番号を1から順に追っていけば、わたしの持つ紙切れに書かれた番号と同じ番号が、目の前の掲示に晒されている。一瞬呆然としてから、昂揚感に紙切れを持つ手が震えた。

う、受かっ、合格してる……っ!


「ととと惇にぃ!合格!わたし合格してるよっ!」
「おめでとう、よかったですな」
「うんっ………ん?ちょ、張遼さ!?」
「さあ帰るぞ、今日はお祝いだ」
「え、え?あれ?惇にぃは?」
「先に帰宅された、ほらなまえ」
「う、うん……?」


嬉しさの余り跳びはねて惇にぃに抱き着いたと思ったらそれは張遼さんで、さっきまでここに居たはずの惇にぃは居ない。び、びっくりしたなあ。

惇にぃも惇にぃで帰るなら一言言ってくれたっていいのに……あれ、でもどうして張遼さんが居たんだろ?うーん……ま、いいか。

それで先に帰っちゃった惇にぃを、ひどいよね!なんて言いながら張遼さんと家路について、不意に張遼さんが左手を差し出したから何かと思えば、するりと右手を掬われてた。

春が近いと言えどまだまだ寒いですからな、って手を繋いだの!しかも恋人繋ぎときたからわたしもう緊張しちゃって、無事に合格したら張遼さんに告白云々のことなんかすっかり忘れてて。


(告白するタイミングすら掴めないまま今に至る)


念願の大学に行けて、新学期からうきうきハッピー!な大学生活を送るはずなのに、気持ちは沈んだまま。入学初日から友達も出来て、授業もそれなりに楽しみながら勤しんでる、はぁぁ……なんて深いため息をつきながら通学路を歩いていると、痛いくらい背中を叩かれ2、3歩よろめいた。


「おっはよー何々?朝から深ぁぁいため息なんかついちゃって、幸せ逃げちゃうよー?」
「おはよ小喬、朝から元気だね」
「そうなの!周喩さまがねっ!」


くりくりした大きな瞳、女のわたしから見ても息を飲むほど可愛い小喬、入学初日に仲良くなった子だ。彼女の言う周喩さまとやらは、3つ年上の先輩で小喬のフィアンセ。

自他共に公認のラブラブバカップルだ。


跳びはねながら未来の旦那について、これ以上ないくらい嬉しそうに話すものだから友達として、わたしも思わず微笑ましいなあなんてつい笑顔になる。

そして更には羨ましくも思う。

あ、決して小喬の彼が羨ましいとかそういうんじゃなくて、素直に思うまま好きとか口に出来ちゃう小喬が羨ましい。

当たって砕けろ玉砕覚悟!なんて意気込んでいたくせに、いざとなると全然だめ。玉砕したら立ち直れないもの、赤の他人に告白するならしばらく顔を合わせないようにするのは容易。

遠くても親戚のおじさま、尚且つ毎日のように食事を共にするなど顔を合わせる機会が多いときたら気まずくて仕方ない。それに張遼さんは優しい人だから、気を使ってくれたりして今まで以上に優しくしてくれるのは目に見えてる。

そんなの惨めすぎるじゃない、それにもっと好きになっちゃう、これ確実。そんなことになったらわたしはいつまで経っても絶対に前には進めないし、張遼さんを困らせるのはいやだし。


「……じゃあ、今日はここまで」


先生の言葉と、他の生徒ががたがたと椅子から立っていく音で、はっとする。一日中同じことをぼんやりと考えていたせいで、授業は何ひとつ覚えちゃいない。お昼に何食べたっけ?

今日、午後の授業は一コマしかないからあとは帰るだけなんだけど、恐らく帰れば家には張遼さんがいるだろう。張遼さんは毎日毎日うちで食事をするものだから、いい加減に帰って食え!と惇にぃがキレて、一人では寂しいですからな、と一週間のうちの三日間は張遼さんが食事を作ってうちで食べてる。

その条件で渋々承諾した惇にぃだけど、自分の負担が減って満更でもないみたい。掃除洗濯はわたしの分担だけど、食事は惇にぃが担当。

毎回献立を考えるのは容易じゃないことくらいはわかるけど、わたしはそんなに料理が得意じゃないから。早くに両親を亡くして、兄である惇にぃの料理の腕が上達していくのは必然。

惇にぃの作るものはもちろん美味しいんだけど、張遼さんの料理がまたすごいのなんのって。仕事が高級ホテルのシェフだけあってさすがの腕前、和洋中をオールマイティにこなすし、この前作ってもらったトゥールヌド・ロッシーニは絶品だった。


(……帰りたくない、かも)


張遼さんの料理が好き、もちろん彼自身も大好き。かといって張遼さんがわたしを好きかどうかわかるはずもないし、親族、むしろ家族としてなら好かれているだろう。

家族だからなんの気兼ねもなく触れ合える、だからおまじないだって、手を繋ぐのだって女としてそうされたわけではなく、家族としてのスキンシップだったかもしれない。


だとしたらひとりで浮かれてたわたし凄く恥ずかしい子!

そう思うと余計に帰りたくない、むしろ張遼さんと顔を合わせたくない。正門まで来て足を止め、しばらく図書館辺りで時間を潰して帰ろうか。友達とご飯を食べに行くからと適当な理由でもつけて、張遼さんが自宅のマンションに帰るまで。

好きになればなるほどふられた時のショックは計り知れない、立ち直れなくなる自分を想像して一層憂鬱になる。しばらくしたら惇にぃにメールを入れておこう、図書館で時間を潰すことに決めてくるり、と校舎へ方向転換。


「どこへ行く」


背を向けた正門から聞き慣れた大好きな声、どうして張遼さんがここにいるの。


「えっと」
「帰ろう」


す、と差し出された手。大学生にもなってお迎えなんて、恥ずかしいとは思わない。むしろ嬉しいけど、今の気分のままでは少し胸が痛む。

なかなか差し出された手を取ろうとしないわたしに痺れを切らしたのか、張遼さんはこちらの意思もなにもお構いなし、合格発表の帰り道の時のようにするりとわたしの右手を攫って歩きだす。

引きずられるように手を引かれ、早足で帰路に着く。家に着いて鍵を閉めチェーンを掛けるやいなや、わたしは張遼さんと玄関のドアに挟まれ身動きが取れなくなっていた。

大学から一切無言のまま、沈黙を破ったのは張遼さん。


「私に言うことはないのか」
「はい?」
「もう随分と待った」


まだなのか、とでも言いたげでまるでわたしが張遼さんを好きだということを知っていたかのような口ぶりだ。思いもよらない展開に放心状態のまま二の句が次げないでいると、張遼さんの唇が額に降ってくる。

瞼、鼻の頭、頬。


「なまえ、気持ちを私に伝えてはくれぬのか」


張遼さんは大人だ、優しいのは当たり前。この気持ちに敏感に気付いてくれていて、いつだってペースを合わせてくれる。だからわたしがいつでも一歩を踏み出せるように、少し先で待っていてくれる。

ナーバスになる必要なんかなかった、気付いていて、すでに答えをくれていた。


「張遼さん、が……好き、です」
「やっと言った」
「あの、張遼さん、は?」
「私か?私はなまえを愛している」


重ねられた唇に今まで悩み続けたことが全部吹っ飛んで、どうしてもっと早く言えなかったんだろうとさえ思えた。


「張遼さん、大好きです!」
「私も大好きですぞ」


拝啓、我が愛しき姪っ子へ
(それからその場でいちゃつく二人をどうしたものかと玄関前で悩む夏侯惇が家に入れたのはそれから一時間後のことである)


拝啓、親愛なるおじさまへ、の続きにしてくっつけました半ばむりやりですが許してください。危うく鬱々しくなりそうになるのは、鬱々しいものを書けという神の御声なんでしょうか…!

20100421

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