おじさま×甘党×ドライヴ | ナノ

眠気覚ましにと思って飲んでいたコーヒー、苦いから嫌い。そうずっと敬遠していたけれどどうにもこうにも飲まずにはいられない、もちろん好き好んで飲むわけではなく致し方なく。

眠たい目を擦りながら参考書と日頃のノートへ交互に目を通し、生欠伸を噛み殺す。カフェインに慣れてしまったのか、もう眠気覚ましにすらならない冷めたコーヒーを飲み干した。

人生の節目、大事な試験を控え悠長に眠ってなんかいられるものか。ぐ、と背中を伸ばしもう一度机に向かい直ると、気付けばカーテンの向こうからは朝日がうっすらと差し込んできていた。

午前5時37分

見慣れた壁時計に刻まれた時刻に、起き出してからすでに2時間以上経過していることを告げられる。受験生の朝は早いのだ。

「ここ一週間、そんな毎日を繰り返して身体を壊さなければいいが」
「張遼さん!」

ぱちん、と部屋の電気が消されカーテンを開けながら張遼さんが振り返る。いつの間に入ってきたのか手には湯気の立つホットミルク。

脇にコップを置きついでに、背後から机に手をついてわたしのノートを覗き見る。急接近した互いの距離に、思わず身じろぎしそうになるが、代わりにシャーペン強く握り返すことでどうにか押さえ込む。

張遼さんは近所に住む親戚のおじさま。きっと可愛い(か、どうかは不明だが)姪っ子くらいにしか思われていないだろうが、わたしは張遼さんが大好きである。

「随分と進んだようだ」

ああ、だめ。

そんなに距離を詰めないで、ふわりと漂う張遼さんの香り、背後に感じる体温に心臓が悲鳴を上げる。

勉強に集中しなきゃならないのに、何としてもこの試験をパスしなきゃならないのに。(無事に合格したら駄目元、玉砕覚悟で告白するつもりなんだから)

これはこっちに書くのでは?と未だゼロ距離でノートを指差しながら尋ねてくる張遼さんが、あまりにも素敵でせっかく覚えた公式が一瞬にして頭の中から吹っ飛んでいく。

代わりに、今までの張遼さんとの甘酸っぱく、時にしょっぱいような思い出の数々がまるで走馬灯のように脳内を駆け巡る。強く握り過ぎたのか、それとも極度の緊張のせいかシャーペンを持つ手が震えていた。

「そ、そっか!」

そんな動揺を悟られまいと躍起になるが、もう消しゴムに持ち替えるのにも一苦労、間違えたところには斜線を引き、上に新しい答えを書き加える。

「そんなに緊張をするな、いつも通り頑張ればいい」
「緊張じゃなくてこれは武者震いだから!」

上から覆いかぶさるような体制のお陰で声が上から降り注ぐ、もちろん張遼さんは親心で緊張をほぐすためにしてくれているのだろう。全く以って逆効果だ。

耳にかかりそうでかからない吐息がもどかしいというか、試験の緊張などこれっぽっちも感じなくなった。

「あぁ、そうだ」

あがり症というか緊張しやすいなまえのために、おまじないでもひとつどうかな?張遼さんはにこ、と微笑みわたしの肩に手を置いた。

毎度のことながら緊張してしまうのは、言わずもがなあなたのせいですから。そう心の中で呟いてから、おまじない?と聞き返す。

「とっておきの、なまえにしかしてやらないおまじない」
「わたし、だけ?」

そう言われると不覚にも心が踊る、わたしだけに、張遼さんにとって特別な存在なのかとほんの少しだけ自惚れてしまう。

ノートから張遼さんへと真っすぐ視線を動かして、彼の目を見つめれば、切れ長の目もまたこちらを見つめている。それからは一瞬の出来事で、限りなく唇に近いがぎりぎり唇ではない口の端に柔らかな感触と頬に当たった口髭。

「合格祈願」

何が起きたのか、いまいち脳が処理をしきれていない。ハードのやられかけた古い型のパソコンのように、部屋を出て行く張遼さんを呆然と見送った後、再起動。

「は、わ……!」

ばっ、と口元を両手で押さえ尋常じゃないほど早鐘を打つ心臓が、口から飛び出そうだ。自惚れ云々、もしかしたら……もしかするのかもしれない。少し時間は早いが遅刻するよかマシだ、早急に仕度を始め張遼さんの残り香が漂う自分の部屋を飛び出す。

「……おい、落ち着けなまえ」

食卓では惇にぃの訝しげな顔に、横で飄々と朝食を共にする張遼さん。テーブルに並べられたものを詰め込むだけ詰め込んで、一言も発しないまま席を立つ。

「頑張られよ」
「……っ!」

ふ、とまたあの微笑みを浮かべ張遼さんが顔を上げる。すでに口は使い物にならない、何も言えないまま鞄と惇にぃの用意してくれたお弁当を引っつかみ、わたしは家を飛び出した。

走りながらマフラーを巻いたせいで、息がしにくい。突き刺すような追い風がのぼせ上がった頭を丁度よく冷やしてくれる。

「わ、わたし頑張るからぁっ!」

一度、家の方に振り返り大声で叫ぶ、ふわ、と白い息が舞い上がりすっきりと晴れた寒空に消えていった。


拝啓、親愛なるおじさまへ
(……おい張遼)
(何ですかな夏侯惇殿)
(なまえに何した)
(おまじないを少々)


20100116
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