おじさま×甘党×ドライヴ | ナノ

ちらちら舞う程度だった雪はいつの間にか本格的に降りだして、行く手を阻むかのように視界を悪くする。こんなにも柔くて優しい白なのに、突き放すような冷たさと、雑音を吸い込む空間に自分が独りぼっちになってしまったんじゃないかと錯覚する。だから冬は苦手だ。

遅い時間に設定された講義の後、研究室に居たら帰りがすっかり遅くなってしまった、あまり交通量の多くない通りを、アパートに向けてゆっくりひたすらに歩く。

薄っすらと氷の張った道路は濡れたように黒光りしている、その上柔らかい雪が降っていて、すぐに足を取られそうになるから気を付けないと。下を向いたまま、頭に積もる雪を時折払いのけながら長いため息をつく。

白い吐息はすぐにゆらゆらどこかに消えていった。傘、持ってきておけばよかったな。

『なまえちゃんてさ、正直俺のことどう思ってたの?』

クリスマス前に出来た彼氏に言われた言葉、独り身では寂しかろうと、友達が余計なお節介で紹介してきたひとつ年上の人。

私は好きな人がいて、見栄を張るつもりも、寂しさを紛らわそうとする気はさらさらなかった。だから最初は断ろうとしたんだけれど、叶いそうもない片想いにいつまでも引き摺られていたくなかった、半分は諦め掛けていたこともあって、次のステップに進むためのいい機会だと思ったんだ。

紹介された彼とは、クリスマス前に何度かご飯を食べに行ったり、デートっぽいこともした、すごく明るくて元気のいい人、悪く言えば子供っぽくて騒々しい、今思えば私を楽しませようと躍起になってたんだと思う。一緒に居てもあんまり笑った記憶が自分でもないから、彼にしてみたら私は随分と暗い女に見えたんじゃないだろうか。

そんな調子だから、クリスマス当日も出掛ける気分にはなれなくて、風邪を拗らせたから、と嘘を吐いた。すでに冬季休暇に入っていたからずっと元旦も音信不通のまま、私は思う存分一人の時間を満喫して、その時すでに彼の着信を電話もメールも拒否設定してあったために、随分と気が楽だった。

休暇明けで久しぶりに会った彼はひどく憤慨して、侮蔑の視線を私に向けながらあの言葉を吐いたのだ、だから表情にも言葉にも、何の感情も乗せずにこう言い返してやった。

『大学生A、B、C……で言ったらF、かな』

私の、人生っていうお話の中であなたはモブキャラに過ぎませんでした、別に恋人らしいことなんか何ひとつしなかったし、そもそも付き合っていたの?と疑問にすら思えてくる。相当頭にきたらしい彼が何かを言いかけたけど、向こうの方で甘い猫撫で声を出した女の子が彼の名前を呼んだから、こっちこそ軽蔑の眼差しを向けて差し上げた。これ以上用がないならばいばいさよなら。

……つい最近の、嫌な思い出。

記憶の奔流が途切れて白く染まったいつもの帰り道、しばらくぼんやりしていたせいか、頭に積もった雪が溶けて髪の毛がひどく冷たい、冷えた雫が一粒首筋を流れてぞっと鳥肌が立つ。


「ひゃ……!」


その拍子に足元の注意が疎かになってしまった、凍った路面に柔らかい雪、おまけに少しヒールの高いショートファーブーツの悪条件で見事なまでの転倒を披露してみせた。咄嗟に着いた手にに張り付く冷えた痛み、強かに打ち付けた腰にも鈍痛が走る。

誰も居なくて良かったと思った矢先に車が一台通り過ぎた、暗い夜道だ、きっと転んだ私なんか見えちゃいない。立ち上がって雪まみれになったコートの後ろをはたいて、落とした鞄から飛び出したノートと教科書が、濡れないうちに素早く鞄へねじ戻す。

最悪の気分で歩きだせば、背後から照らされるライトにまた車が来ていることに気が付く、それにしてもやけに速度が遅い、路面が凍っているから慎重になっているのだろうか、通り過ぎたかと思ったが、その車は私の真横でピタリと停車すると、ウィンドウを下げた。この、どろどろとお腹に響くエグゾーストノイズを私は知っている。


「帰り道かな、なまえ」
「え、あ!賈クさん!」
「随分と派手にすっ転んだじゃないか」
「み、見てたの!?」
「たまたま通りかかったもんでね、転んだ挙句、くっらーい顔で座り込んでる子がいるから誰かと思えばなまえじゃないか!しかも傘もささずにいるから引き返してきたわけだ」


全開のウィンドウに腕を置いて身を半分乗り出しながら賈クさんがにんまりと笑った、たったそれだけのことで胸がぎゅっと苦しくなる、こんなところで会えるなんて、転んだところ見られたんだ……嬉しさと羞恥がない交ぜになって変な気分。


「こんなところで立ち話もなんだ、送るから乗ってくれ」
「え、でも私、雪まみれでびしょびしょ……」
「あー気にしない気にしない、なまえに風邪をひかれるほうがよっぽど困る、俺の方こそ女性を乗せて楽しませられるようないい車じゃないわけだし、お互い様ってことで」
「えっと……」


正直嬉しい、すごく嬉しい。でも私は姪っ子で顔見知り以上の関係ではあるけれど、家族に近いってことで声を掛けてくれたんだと思う。あんまり浮かれ過ぎるのもおかしいよね、その場でまごついていると、痺れを切らしたみたいで賈クさんが車から降りだした。手を引かれて半ば強引に助手席へと詰め込まれる。


「誘拐しようなんざ思っちゃいないから、ほら乗った乗った」
「あ、わ、わ!ありがとう」


いっそのこと誘拐でもいい、攫ってくれたらいいのに。


同情ブラックアイスバーン


20140205
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テーマ「人外ファンタジー」
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