おじさま×甘党×ドライヴ | ナノ

※于禁が車化(イメージはナイトライダーもしくはステルス、つまるところ車に搭載された人工知能)


午前5時、寒い時期の朝は夏に比べて日の出が随分と遅い、まだまだ暗い色の空には我が物顔で星達が跋扈する。

まだベッドの中にいるというのにこの寒さはなんだ、半分覚醒した頭で考える。布団を頭まで被ろうとしたのだが、肝心の布団はどこへやら。寒さによっていよいよはっきりしてきた意識、重たい瞼を持ち上げてみれば布団はベッドからずり落ちている。

どうりで寒いわけだ。

起き上がって床に落ちていた布団を拾い上げたが、もう一度寝ようという気にはなれなかった。すっかり冷えきった布団に身を埋めるのは随分と辛いものがある。

いっそのこと起きて本でも読もうか、それともお菓子でも作ろうか。

うう寒い寒い、と独り言を呟きながら暖房を付ける、クローゼットから洋服を取り出し着替えながら窓のカーテンを勢いよく開ける、暗い外に部屋の明かりが漏れ出し庭にどっしりと構え、鎮座する愛車が微かに浮かび上がる。

……そうだドライヴに行こう。

徐々に開ける夜、起き出す太陽を横目に湾岸沿いを……っていうのはイメージね、イメージ。内陸地のここでは海に出るには少々時間が掛かり過ぎる、爽やかな早朝ドライヴを楽しみたいという意味を込めての比喩だ。

思い立ったが吉日、スマートフォンを手にしてひとつのアプリを起動する、通話アプリのようで、そうではない。一見すれば電話を掛けているようにも見えるが、相手はヒトじゃないんだもの。

通話とは違うコール音、それが3回鳴る前に、庭先に居る愛車のキーロック解除を知らせる音と、同じく2度点滅したハザード。


「于禁、起きてる?」
「我々に『睡眠』という概念はない、近いと言うなれば消費電力を抑えるためのスリープモード、つまり我々には『起動しているか』と問うべきであり……」
「はいストップストップ、細かいことは置いといて」
「……」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「如何された」
「ドライヴ行きたい」
「場所は」
「んー特に行きたい場所はなくて……あ、やっぱり高速流したい」
「ふむ、ではルート検索を開始する……交通規制なし、渋滞情報なし、全ての高速道路は順調に流れている」
「じゃあ15分後に出発で」
「承知した、于文則、エンジンを始動する」


音声認識のリモートエンジンスターター、セルモーターがエンジンを始動させると低く唸るような排気音が響いた。切れ長で目尻がつり上がったバイキセノンヘッドライトは于禁の厳格な性格をよく表していると思う。ポジショニングライトが点灯し、コロナリングがその存在を主張する。

時代は随分とメカニカル。

飛躍的に進歩する技術は目まぐるしく、目覚ましい成長を遂げた。現代社会に欠かせなくなった自動車はオールオートドライヴモードという全自動運転機能は当たり前、更にはCPUにA.I.(Artificial Intelligence)いわゆる人工知能が搭載され、スマートフォンと連動していつでもどこでも車を身近に感じられるようになった。

他愛ないおしゃべりも楽しめる、まるで人間と会話をしているように錯覚さえするようになった、時代は無機物にも人格を与え、心までをも創造しかけているみたい、それでもまだまだ複雑怪奇な心はいつだって不完全。


「お待たせ」


支度を終え、家を出た。庭先の于禁に近付けば、ばくんと運転席のドアが開かれる、程よく暖められ、濃紺が基調の車内に乗り込み調整されたシートに深く座って、シートベルトをした。


「3014年1月19日 日曜日、午前5時36分、外気温マイナス3.6度、車内温度24.4度、実際の交通規制に従い厳なる運転を心掛けよ」


ブレーキを踏み、パーキングレンジに入っていたセレクトレバーをドライヴレンジまで引き下げる、エンジンの回転数が上がりタコメーターの針が僅かに振れた。ステアリングに手を添えアクセルペダルに踏み替える、ロービームのライトに照らされたアスファルトは霜が降りて白く光ってる、アクセルペダルを踏み込んで加速を促すと、決まって于禁は小言を漏らすんだ。


「無謀な運転は処罰対象となる、なまえ、お前の安全のためにも」
「わかってるよ、これ以上飛ばさないから」


フロントウィンドウ上に直接表示されたポップアップディスプレイ、現在の車速を表示し、ナビゲーションシステムによるルート案内の矢印が淡く点滅、次の交差点を右折、高速のインターまでは約6km。

センターコンソールの上部に設置されたメインパネルを一瞥すれば、不機嫌そうな于禁が映っている。(各メーカー、各車種によって様々な性格の人工知能が存在していて、そのイメージもあるのだ)


「私が運転するの、そんなに嫌?」
「嫌というわけではない、だが人間よりも我々人工知能の方が的確で、より安全な走行を提供する」
「心配してくれてる?」
「オーナーの安全を確保することが我々の最優先条件であり、存在意義だ」
「そこは単純に心配だって、言って欲しいところなんだけどなあ」


于禁は固いんだ、ボディの剛性と同じように思考回路も、性格設定も。

インター入口、料金所ゲートをETCでスルー、徐々に上がるスピードに高揚感を感じながら登坂車線に落ち着いた。

高速回転域での巡航でもブレることなく安定したグリップ、于禁によって選び抜かれたタイヤはロードノイズを確実に軽減してくれている。全身を包み込んで安心感をくれているようなシート、微かに届く控えめなエグゾーストノート。

ほとんど一目惚れだった、メーカーの掲げるスローガンに期待もした、確かに自動運転は便利で楽かもしれない、でもその分自分で運転する楽しさというのは半減してる。ただの移動手段にしたくないのだ。


「于禁と一緒ならアシストも完璧で安心だし、何より走る喜びを忘れたくない」
「……」
「于禁?」
「ひとつだけ忠告しておく」
「うん?」
「私と共に居たいのであれば、男は絶対に乗せぬことだ」


Freude am Fahren

イメージ的には変形しないトランスフォーマーでもいいかなって、でもやっぱり一番のイメージはナイトラ!
20140110
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