おじさま×甘党×ドライヴ | ナノ

闇の中、景色も何もあったものではない、車外も車内も全部暗い。(センターコンソールやインパネの淡い光が辛うじて乗員の顔を淡く照らしている)

揺れる車体に連動して体も不安定にぐらぐらと傾く、時折大きく跳ね上がりサスペンションがダメになるのでは、と不安が過ぎる、そんな心配をするようなヤワい車種じゃないんだ、といつだったか何の気なしに、この車の持ち主は口にしていた。

舗装されていない起伏の激しい路面、あるいは眩しいほどの銀世界といえよう雪道、そんな悪路を攻めるのに適したこれを、彼はいたく気に入っている。極悪路とも言える環境の走破性は他メーカーのライバル車らの追随を許さない勢い、街乗りも悪路も安心感があるいいやつなんだ。心底楽しげにステアリングを握っている彼がぽつりと漏らす。

いつもなら「ええと……」とか「その……」などと何か言葉を発するのに、大概の場合口ごもるくせに、こういう時は背筋を伸ばしたかのように饒舌になる、そんなにこの車が好きならいっそのこと、この子と結婚なりなんなりすればいいんだ。助手席に身を置いているなまえは、内心ふてくされながら、不規則に揺れる車に振り回されないようにシートへ身を埋めていた。

そっと運転席の様子を窺ったなまえの目に、彼……徐庶は普段よりも随分と生き生きしているように映っていた。それもなまえのふてくされる原因のひとつだが、根本的な原因はまた別にある。


「ええと、なまえ?」
「……なに」
「なんだか、怒ってる?」
「……なんでそう思うの」
「いや、だって、声のトーンが」


なまえの機嫌が降下していることを察知した徐庶、言葉を切ったところで車体が一際大きくバウンドする。

ふと考え込んだなまえ、確かに大きく揺れはするものの嫌味な跳ね方ではない、衝撃をいなすような頼もしい乗り心地、徐庶が気に入るのも頷けるかも。

それに対し、徐庶は少しばかり焦燥を孕んだ表情で助手席を盗み見た。黙り込んだなまえの機嫌が更に悪化したのでは、と危惧したのだ。(ネガティヴ思考は彼の常であり生来の性格である)

そもそも、何故このような舗装されていない悪路をひたすらに進んでいるのか、始まりはなまえの何気ない一言がことの発端である。

『美味しい空気の中で、あー最高って言いたい』

随分と抽象的で反応に困る一言だった、最初こそ徐庶も、得意の困ったような表情で口ごもっていたのだが、しばらくして嬉々としだしたかと思えば、なまえの何気ない一言にこう返したのだった。

『ええと、ドライヴに行こうか』

行き先も伝えられず、言われるがまま連れられるがままに徐庶の車へと乗り込み、気が付けばこんな状況である。かれこれ一時間以上経過しているのだが、道のようで道でないこの悪路は終わりがないのでは、と錯覚するほど延々と続いている。


「あのさ、なまえ」
「なに」
「えっと、ごめん、もうすぐ着くから」
「すぐっていつ」
「すぐだよ、ほんの数分だから」


二人が家を出たのは午後6時過ぎ、その時既に辺りは夕闇に包まれていて、今と言えばもう真っ暗闇、頼りになるのは行く先を照らす車のヘッドライトのみ。ハイビームに切り替えられたライトはより遠くを照らす。

徐庶の言ったほんの数分後、狭かった道幅が徐々に開けて緩やかに速度を落とした車はやがて完全に停車。

徐庶はドライヴレンジからパーキングレンジにセレクトレバーを動かした、少し寒いかなと呟きながらエアコンの温度を調節すると、おもむろにヘッドライトを全てオフにする。瞬時にインパネのバックライトが煌々としてなまえは無意識のうちに目を細めた。


「見て、なまえ」
「なに……っわ、あ!」


十分に暖まった車内、それを確認してから徐庶は車のエンジンを切り、一点を指差した。そこは断崖絶壁となっていて眼下には山間から町が見える、町の明かりは、そのまま満天の星空を鏡で映したような景色。


「ほら、あっち、あの明かりがハートの形に見えると思うんだけど、どうかな」
「ほんとだ!すごい!綺麗……」
「ここからじゃないと見えないんだ」
「すごい、ほんとすごいよ徐庶!今までのイライラが全部吹き飛ぶくらいだよ!」
「……やっぱり怒ってたんだ」
「もう怒ってないよ、でもよくこんな場所見つけたね、調べたの?」
「いや、ええと……実は昔、道を間違えてここにきたことがあって」


気恥ずかしげに経緯を話す徐庶、たまたま迷って見つけたこの場所はどんなガイドブックにも載っていない秘密の場所、なまえの要求には程遠いかもしれないけど、そう謙遜する徐庶になまえはブンブン首を横に振る。


「イライラして損しちゃった、でも行き先くらい言ってくれても良かったのに」
「言ったら着いた時の感動が半減すると思ったし、なまえのこと、びっくさりせたかったんだ」
「……徐庶って時々わけわかんない粋なことするよね」
「えっと、それは褒め言葉……でいいのかな」
「そういうことにしといて」


小さく笑ったなまえに、安堵の表情を浮かべ返した徐庶、セレクトレバーに乗せられたままの筋張った左手になまえがそっと右手を添えれば、自然と絡み合う互いの視線、どちらからともなく重ねられた唇。

得意の困った表情をしながら、徐庶が緩くなまえの頬に指先を滑らせる。


「困ったな……」
「どうしたの」
「いや、その、怒らないで聞いてくれるかい?」
「程度にもよるけど」
「ええと、したくなっちゃったんだ」
「……」
「車の中でしてみたいとは前々から思っていたんだけど、なかなか言えなくて、さ」
「……」
「えっと、なまえ?」
「一人でやってろ」


おどろおどろしい恐怖以外の何物でもなかった、暗闇で見たあの表情は時々夢に見ては冷や汗が出る、後に彼はそう語った。


グラヴェルトラヴェル


グラヴェル(gravel)一般には砂利、砂利道のこと、モータースポーツ用語ではラリーコース中での非舗装路面一般。イメージ車種はフォレスター(スバル)、エクストレイル(日産)か迷いました。※走行描写はあくまで文章内のイメージです、鵜呑みにされませんようお願いします。

20140112
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