曹魏フィルハーモニー管弦楽団 | ナノ

アンシュラーク、Anschlag(独)
(1)主要音の前につけられた2音以上の装飾音。=複前打音。
(2)ピアノ演奏において、〈タッチ〉のこと。

これでもか、と嫌な顔をするなまえ、渡した楽譜を見て更に嫌な顔をされた。


「私に喧嘩売ってます?」
「すまん、申し訳ないとは思っているが他にあてがなかったんだ」
「鍵盤楽器と言っても、構造がまるで違うんですけど、そのこと知ってました?」
「ああ、知っている」
「ピアノ弾ける人が全員チェンバロも出来ると思ったら大間違いですからね!」
「だからわかっていてこうして頼んでいるんだろうが!……全然出来ないのか?」
「え?うーん……やって出来ないわけじゃ……」


なまえに渡したのはヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ、野暮用で使うことになった曲なのだが生憎近くにチェンバロ奏者は見当たらず、専門ではないが、チェンバロも大きく括れば一応は鍵盤楽器だ。
きっとなまえなら……と頼み込んだ。ピアノとは構造から、音からだいぶ違うのは重々承知、弦をハンマーで叩いて音を出す打弦楽器のピアノに対し、チェンバロは弦を弾いて音を出す構造の撥弦楽器である。

更にピアノよりも鍵盤が細く頼りなげに見えるそれは、黒鍵と白鍵の色が逆になっているため、ピアノ奏者からすると弾きにくいこの上ないというのを聞いたことがある。
もちろんピアノよりも繊細なチェンバロは常に微調整の調律を必要とし、手間暇の掛かる楽器である。


「夏侯惇さんのムチャぶりも大概ですよね」
「どこぞのヴィオラ奏者よりはマシだと思いたい」
「あれは悪い意味で別格です、というより次元が別」
「ひどい言われようだな」


はあ、と刺々しいため息を零した。渡した楽譜を一瞥すらしない、まずい、こうなったら物で釣るしかないだろう。仕方あるまい。


「……わかった、ハウスオブフレーバーのケーキをどれでも好きなのを頼んで」
「あっ、私早速練習に取り掛かりますね!」
「現金な奴だな」
「だってあそこのケーキ高くて自分じゃ手が出せないんですもん、チーズケーキなんか2ヶ月待ちですよ?やったねなまえさんがんばる!」


思った以上に効果あったな、チーズケーキは2ヶ月待ちか、すぐに予約を入れておくとするか。あんなに嫌な顔をしていたくせにもうご機嫌で、振りまく笑顔がまるでスイーツのようだ。


「楽器の手配は任せろ、しばらくはピアノで練習しておいてくれ、一応俺の連絡先を渡しておく」
「はーい、さらって合わせられるようにしておきまーす」
「形になったら連絡をくれ」
「がってん承知!」
「では早速練習に向かいましょうぞ!」
「ぎゃあああ!?」
「叫ぶほど嬉しいと?光栄ですな」


にゅるり、そんな効果音が似合いそうなほど、あいつは突然現れた。噂をしたからだろうか、ヴィオラ奏者の張遼だ。


「なまえ、頼んだぞ」
「お任せあれ夏侯惇殿、この私がなまえをみっちり密着レッスンを」
「余計なお世話です!おくたばりください!」


できれば面倒は避けたい、俺は絡まれる前にそそくさとその場から退場した。後のことは知らん、風の噂で憔悴しきったなまえが目撃されていたとか、どうとか。


チェンバロは弾く時に半端なく緊張する、壊しそうで。
20140521
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