曹魏フィルハーモニー管弦楽団 | ナノ

何万キロと離れた海の向こう、かつての恩師が何度も口にしていた言葉を、于禁は頭の片隅に思い出していた。

『君は実に深みのある音色を響かせてくれるね、テクニックも申し分ない、でも少しばかり硬いんだ、柔軟性に欠けるかな、素っ気なくて一点集中型と言うか、なに、悪いことじゃないさ、ただもう少し肩の力を抜いて自分が奏でた音を自分でも楽しむこと、自分が楽しくないのに周りが楽しくなるはずがないんだ、そうでなければ音楽というものは途端につまらないものになってしまうよ』

恩師の訃報を聞き、キャンセル待ちで飛び乗った飛行機、約15時間のフライトの間に仮眠すらも取る気になれず、降り立った現地、行われていた恩師の葬儀は簡素ではあったが、それでいて温かいものだった。

遺影の中で緩やかに笑む恩師はあの頃と変わらない。帰路のフライトで、ひっそりと涙したのが遠い昔の記憶のようだ、于禁は懐かしい記憶を思い返しながら、今を見据える。

かつての思い出が遠くに感じるほど、最近の出来事はめまぐるしく変化し、流動的である。


「ちょっと張遼さんテンポおっそい!」
「なまえが速すぎる!テンポの指示を無視されておりますぞ、ここはアレグレット、なまえのそれではアレグロ・モデラートになっている!」
「これ普通にアレグレットだし!それに少し揺らした方が雰囲気出るもん!張遼さんの解釈がおかしいんじゃないの?」
「人間メトロノームと称される私を愚弄するか!」
「何それ気持ち悪い」


ピアノとヴィオラの掛け合い、譜面を追い掛け自分の入る場所に辿り着く前に音楽が途切れる、ピアノ四重奏の中で朗らかに流れる部分だ、そこでなまえが鍵盤から指を離し、張遼に噛み付いた。

始めこそ室内楽に参加することを渋っていたなまえだが、紆余曲折あり最終的にうまくやっている。

ただ、ついでと言っては何だが、当初イメージしていた張遼の像はしばらく共にいることにより、呆気なく覆された。堅牢強固、物静かに主旋律を支える中堅的ヴィオラ同様のタチであるかと思えば、その実態は口煩く、一旦演奏についての議論を始めれば実に騒々しい。

己の音感、リズム感、そして演奏解釈に絶対的な自信があるのはいいことだが、いかんせん押し付けがましいのは頂けない。

言い争いを続ける二人の間に割って口を挟む。


「張遼、ここは多少揺れても問題あるまい」
「于禁殿!妥協されては困りますぞ!」
「いや、妥協というわけでは」
「そらみたことかー!于禁さんはいいって言ってるもーん」


べーっ!と張遼に向かって舌を出したなまえ、子供か……と呆れたように呟く夏侯惇殿の横では夏侯淵殿が苦笑い。

自分がなまえを連れて来たくせに、随分と注文が多い張遼、泣いて辞退を求めた他のチェロ奏者の気持ちもわからないでもない。本当に口煩いのだ。


「なれば理由を述べて頂けますかな?揺らす理由を」
「えー気分」
「理由になっていない!」
「音楽って理屈で説明できないこともあるし、なんかいいなって思うフィーリングも大事なの!以上!」


なるほど、確かになまえの言うことにも一理ある、感性には個人差があり、それら全てに理由を付けるのは無理がある。結局、曲の解釈、真意など作った作曲家本人にしかわからないものだ。


「私にとってなまえの弾き方は好ましい、理由などない、単純にもっと聴いていたいと思えた」
「やだ嬉しい!私も于禁さんの出す音すっごい好き、じんわり響くの、一番最初に合わせた時は硬くてちょっと遠いイメージだったけど、今は全然違う!なんかね、一緒に楽しんでくれてる感があるの!」


はしゃぎだしたなまえは「この部分とか!」と、チェロの旋律をピアノでさらう、なまえの何気ない言葉にかつて恩師に言われた言葉が被った、以前に比べて随分と弾きやすくなったことを薄々感じてはいたが、これがそうだったのだ。

音楽というものは何よりもまず、楽しまなければ、意味がない。




夏侯惇と夏侯淵の置いていかれぶりぱねえ。
Analyse(独)→楽曲分析(音楽がどのように作組み立てられているか調べること)

20140114
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