ヴァンパイア・アネクトード | ナノ

吸血鬼なんてそんなものお伽話の中の存在だと信じて疑わなかった、幽霊くらいだったら半信半疑だけどね。

それよりも、なんで私が素手で人を殺せそうなほどの技術を身に付けさせられて、起きっこない万が一の事態へ備えとしての訓練をしなければならないのか不思議で仕方がなかった。軽業師の如く、飛び抜けて高くなってしまった身体能力と引き換えに、私は実に猛々しい青春時代を過ごす羽目にストームラッシュなってしまったのだ。

気配の察知に敏感過ぎて、背後から近付き驚かそうとする友人を、幾度となく天に召しかけてしまうこともしばしば……。ある時は背負い投げ、またある時はトラースキック、暴漢に襲われていた友人を見付けた時には、真空踵落としを見舞ってやったのも記憶に新しい。

女ランボーなんてニックネームまで付けられてひどく怯えられながら過ごした高校生時代、当時はあのスタローンも若かった、今や老兵軍団を率いる老練兎である。私の老後もそうなるのかと想像して寒気がした。

普通の生活がしたかった、そして平凡な女の子らしい恋がしたい。

胸が高鳴って苦しくなるような、甘い雰囲気に酔いしれたい、素敵で物腰柔らかいけどいざという時に頼りになる人に「ずっと私のそばにいて欲しい」なんて言われたい、普通にありきたりなセリフだけどグッとくるものがあるのよ、ありきたりだからこそ。

(……進路決めなくちゃ)

大学生活の出口と、社会人生活の入り口、その中間地点で私は途方に暮れていた。恋愛に憧れはあるけれど、その前にそろそろ身の振り方を固めなければ将来お先真っ暗だ、就活という鬼畜ゲーが待っている、あたふたする前にサクッと決められたらいいんだけど。

スキップしたくなるようないい天気だというのに、私の気分は土砂降りの雨模様、鬱々しいため息を吐き出して帰路につく、しばらく電車に揺られながら流れる景色をぼんやり眺めた。

電車から降り、改札を抜けていつもの近道を使う。猫同士が喧嘩して、塀の上でぎゃんぎゃんうるさい、その近道は細くて自転車か原付きがギリギリすれ違うことができるくらいの幅、まあどちらも滅多に通らないし人だってそんなに通らない。

だから今日は向こうから人が歩いて来てるのを見て少しだけびっくりして、珍しいなと思ったんだ。

背が高くていわゆる草食系男子のようなその人、いや、男子と言うにはいささか年齢が高そうだ、癖っ毛らしいふわふわの黒髪に柔らかい面持ち、散歩かな?この辺の人だろうか。何にせよ私には関係ない、つまりどうでもいい、ほんの少しだけ歩みを速めてその人とすれ違った。

ゾッと何とも形容し難い悪寒にも似たものが全身を覆う、すれ違いざまに感じた奇妙な感覚、まるで一瞬で南極にでも連れて行かれたかのような気分だ。反射的に振り返ったがそこには誰もいない、ここは一本道で脇道もなければ隠れる場所もない。今すれ違った人はどこに消えた?

……まさか、いや、そんなはずはない。

起きっこないと信じていた事態を想定して、あり得ないとすぐに考えたことを打ち消した。今は亡き父親の言葉が脳裏をよぎる。

『彼らはいつか返り咲く、我々を一族の仲間に引き入れようと機会を窺っている、気を抜いてはいけない、彼らは人間よりも遥かに強靭だ、そんな彼らを見つけ、ぶちのめせるのはダンピールの血を受け継ぐ我々だけなんだ』

そんな中二病な……とずっと小馬鹿にしてきた、見つけるって言ったってどうやって?阿呆らしいと思っていたけど多分、見つけるってきっとこういうことだ、近づいて感じた悪寒。今までしごかれて叩き込まれてきた成果っていうか、むしろ本能的なもの。どの方向から襲われても対処できるように身構えてゆっくりと後退する。どこだ、気配は消えてないからまだ近くにいる。

脇道もない、身を隠せる場所もない、そうすると残るは……。


「やあ、君を探していたんだ」


上だ!

頭上に影が差して咄嗟に飛び退く、彼は天使が舞い降りるかのように軽やかな身のこなしで上から降ってきた、実際は天使なんて神々しいものじゃない、表面上はにこにこ柔らかい笑みを携えているけど伝わってくるのは禍々しい威圧、こいつ、人間じゃない。


「私は毛利元就、察しの通り吸血鬼だよ」
「ほんとに……いたんだ」
「そう思うのもむりはないよ、今や吸血鬼も末裔と呼ばなければならないほどヒトに近くなってしまってね、生粋の……そう、永く生き続けているのはごくわずか」
「……で、ご用件は」
「うん、それなんだけれど、単刀直入に言おうか」


毛利元就と名乗った吸血鬼は、全てを言いきる前に私の視界から消えた。


「死んでもらいたいんだ」


いや違う、消えたんじゃなくて目が追いつかないほど速く移動したんだ、ふと背後で空気が揺れる、真後ろを取られても慌てやしない、だって死角じゃないもの。鉤爪のような形を作った手が、喉元を引っ掻き切ろうとするのを膝を折って回避、低くした体勢から足元を蹴り払うものの悟られた。

一旦十分な距離を保って、向こうから仕掛けられる前にこちらから攻勢に移る、地面を蹴って進路を予測されないようジグザグに相手へと距離を詰めた。


「初対面で死ねって、横暴過ぎやしませんか?」
「いやあ、これでも少々焦っていてね」
「……」


距離を詰めて瞬時に中段蹴り、腕でガードされるのを見越して、手近にあった短めの鉄パイプを掴んで正面突き。しかしそれも避けられ顔の横を通過しただけだった。


「ほら、君達ダンピールは生きている間は人間だけど、死ぬと吸血鬼になるんだ、経緯は違えど私と同じ、ね」


正攻法も、死角という死角を狙っても全て見切られる、体力もそろそろ限界に近い、息が切れてきた。手刀もアッパーも足払いも、全てブロックされてこれ以上不用意に近付くとカウンターでやられる、押してダメなら引いて……としたいところだけど、それだと多分やられる確率がもっと高くなる。どうしようもない、四方八方塞がりもいいところ。

腹が立つことに、何故かこの男は一切攻撃を仕掛けてこない。


「もちろんタダで死んでくれとは言わないさ」
「……」
「君の一切の面倒は私が見るよ、私と共に永遠を生きて欲しいんだ」


ああ、頭が痛い。差し出された手、まるで恋の予感を連想させるようなこのシチュエーション、確かに胸が高鳴って苦しくなるような恋がしたいとは思った、今も動悸と息切れで最高に苦しい!っていうかこれは私が求めてたのとだいぶ違う、甘さもへったくれもない雰囲気に酔っている、どっちかって言うと血生臭い雰囲気に酔わされている、気持ち悪い方面で!


「はいそうですか、なんて言うと思ってる?」
「思っているよ」
「その自信は一体」
「うん?力づくっていうのはちょっと頂けないけど、うーん仕方ない」


禍々しい威圧がふと消えた、気配も窺えない、どこに行った?じっとりと嫌な汗が滲む、拳を作って握り締めながら辺りを見回す、本当に気配を感じられなくなってしまった、吸血鬼の本気ってやつだろうか、だとしたらこんなに恐ろしい生き物は、ない。


「とりあえず」
「っ!?」


目の前が真っ暗になって、腹部に衝撃を感じた。多分鳩尾に膝蹴りがクリティカルヒットしたんだと思う。


「むりやりっていうのは嫌いじゃないから、強制的に連れて行くことにするよ」


まずいと思った時にはもう手遅れだった。


ストームラッシュ

スタローンのくだりは某映画の消耗品軍団のアレ。

20140212
20160218修正
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