ヴァンパイア・アネクトード | ナノ

私は見てしまった、人としてありえない強靭さを発揮した瞬間を目の当たりにしてしまった。

暗くなりかけた黄昏時、大学生一年目もあと少しで終わりを告げようとしている寒々しい今日この頃、冷えきった両手をすり合わせつつ、ずり落ちてくるマフラーを鼻先まで引き上げる。こんな寒い日は早く家に帰って、あったかい部屋で熱々ホットミルクに蜂蜜を入れてささやかな幸せを感じたい、冷蔵庫に牛乳あったかなあ、急ぎ足になりながら通い慣れた道を闊歩。

通学路の途中には高層ビルがいくつか並んでいる場所があって、そのうちのひとつがここ数日、耐震のための大規模な補強工事を行っていて、大型クレーンと20トン超ダンプが忙しなく行き来していた。見上げればクレーンに吊られた大きな鉄柱やら鉄板が、上空でぶらぶらと不安定に揺れている。

あれが落ちてきて直撃したら間違いなく即死だよね、なんて縁起でもないことを考えると、ここを通る時に自然と早歩きになってしまうのは当然の心理だと思う。そんなこの場所を数メートル通り過ぎたところで、背後から小さな動物の鳴き声が聞こえたら、思わず振り返ってしまうのもまた当然。「にぁ」なんて弱々しかったら特に。

振り返ってみれば真っ白の子猫がぽつねんとうずくまっている、多分どこからかふらふらやってきて力尽きかけたんだろう、とりあえず様子を……と思って半歩踏み出した。その時上の方で鉄同士がぶつかる不快な音が耳につく、見上げたらクレーンに吊られてた鉄板が傾いて、一枚真下にずり落ちている。

ちょっと待ってこれはひどい、どんなに素早く行動したとしても、私が子猫を助けるべく抱き上げて走りだそうと踏ん張るのと、鉄板が地面に落下するのはほぼ同時。選択肢はふたつ、このまま子猫を見捨てるか、自分も一緒にべちゃりとあの世行きか。悩んでいる時間はない、ここから勢いをつけてスライディングをすればどうにかなるかも……?

ええい!どうにでもなれ!


「生きろそなたは美しい子猫ォ!」


持っていた鞄を投げ捨ててダッシュ、子猫に向かって飛び込んでスライディング!

……したと思ったけれど、飛び込んでそのままその場で止まってしまいました、助走が足りなかったようです。咄嗟に見上げた空には視界いっぱいの硬くて重そうな鉄板、これは確実に詰んだ、死亡フラグをへし折れそうもないこの状況、目をつむる余裕もなくただただ呆然と鉄板を見上げていた。

そこへ真横から割り込むように入ってきた影、鈍い地響きのような衝撃音のあとに鉄板が吹っ飛んで、別の場所に落下した。それもまたすごい音がした。


「……うそ」


我が目を疑った、だって握り拳ひとつだけであの大きくて分厚い鉄板を殴り飛ばしたんだから、あのスーパーマンーークラーク・ケントと勘違いしたって不思議じゃない。呆然と見上げていると、子猫が弱々しくも小さく鳴いた、それがお礼を言っているようにも聞こえて、私もつられて口を開く。


「あ、ありがとう、ございました!」
「……お怪我は」
「な、ないです!」
「よかった、あの、ひとつだけ約束してください」
「はい?」
「あなたは何も見ていない、あなたと子猫以外はここに誰もいなかった、いいですね?」
「は、はい!」
「ありがとうございます」


ふんわり笑った彼は整った顔をしていて、艶のある黒髪が美しい、瞳にはなんとも形容し難い力強さを垣間見た。私は彼と約束をして、足早に去っていく大きな背中を見えなくなるまで座り込んだまま見つめていた。

名前を聞いておけばよかった、夢でも見ていたのかもしれないと思ったけれど、傍らに落ちている変形した鉄板がこれは現実であると主張する。

そういえばあの人、どこかで見たことがあるような……。

20140227
20160218修正
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