ヴァンパイア・アネクトード | ナノ

疲労困憊とはまさに、とは考えたがまだ仕事の最中である、幸福の極みであろう目の前にいる新郎新婦に誓いの口付けを、と礼式に則り決まり文句を吐き出した。

『やだ、すっごい……』
『……情熱的っていうかさあ』

一瞬、チャペル内がさざめき出す。いい加減に離れたらどうだ、長々と見るも不愉快になるような口付けに、思わず表情が引き攣る。この大学の卒業生である二人がこの大学内にあるチャペルにて式を、とした理由は、学内で出会いを果たしたからだそうだ。

これはなまえから聞いたこと、彼らの同窓であるとも言っていた。さっさと離れよ、次に進めぬ。未だにちちくり合う両名に苛立ちを覚えざるを得ん。


「学生時代が懐かしいよ、全然変わってない」
「ほんと、夢みたい」
(……白々しい、変わっていないなどと貴様らの目は節穴か、ここは先月天井の補修と壁板を張り替えたばかりだ)


ついて出そうになるため息を堰き止め、ようやく離れた新郎新婦、次に移るべくチャペル内全体を見回し、裏方進行に目配せをすると流れていた音楽が切り替えられる。

ふと参列者の中になまえを見つけ、向こうも私の視線に気が付いたのか小さく笑んだ、彼女の右手がおもむろに眉間へと移される、恐らく私の眉間にシワが寄っていると言いたいのだろう。なまえは、眉間から肩を指差し小さく上下させる、リラックスです、と口を動かしている。それに答えるように目だけで礼をした。

チャペル内での全てを終え、新郎新婦は外へと向かう、彼らが選んだらしい曲が反響する。新郎新婦を送り出す参列者、思い思いに曲の歌詞を口ずさむ雑音の中に、なまえのものを聞き取った。

もし、万が一……なまえが私の前に、あの新婦がそうだったとしたら。とても耐えられたものではない、なまえと誰かが結ばれようものなら、私は、私は……。

遠くなっていく新郎新婦を睨むように見つめ、その後をついて行くなまえの背中、隣に立てるのであれば、それ以上の幸福などない。そんなことが赦されるはずもないというのに、時折夢を見、縋りたくなる。

何故私はヒトでなかったのか、中途半端に人間であって、持って産まれたおぞましく、ヒトではない部分。

……私の仕事はここまでだ、礼式用の衣装を着替えに戻ろうとしたところで背後に唯ならぬ気配を感じた、おぞましくも、どこか懐旧を匂わせるそれに振り返ればチャペルの入り口にもたれるように立つ者。何者だ、と問うのは野暮である。


「……何用だ」
「用、というほどではないけれどおもしろい匂いがしたから寄ってみたんだ、随分と苦戦しているかつての同胞にアドバイスはどうかな、と思ってね」
「貴様……!」
「そんなに邪険にしないでほしいな、争う気はさらさらないんだ」


柔らかく笑ってはいるが、その笑みの奥には重く冷たいものが潜んでいる。私は毛利元就、覚えてくれなくてもいいよ、君との次があるとは思っていないから。そうのたまった奴は、扉にもたれていた身体を僅かにゆるりと動かすと、瞬時に目の前まで迫っていた。

この身のこなし、ただの吸血鬼ではない……?


「長いこと生きて、同胞達の行く末をずっと見てきた」
「貴様……"本物"か……大した用がないのであれば早々に立ち去れ、ここは神聖な場所だ、貴様のような輩が入るべきではない」
「自分の血が憎いかい?」
「……私にかせられた罪、貴様には関係のないことだ」
「受け入れた方がいいと思うけどなあ、いや、受け入れるべきだろうね」
「何だと?」
「私達が必要としている食料としての血液を拒否するということは、自殺行為だ、君達の世界で自殺は罪だろう?」
「なっ!」
「こんな君でも受け入れてくれる人はいるはずだから、人生そんなに悲観的にならなくてもいいと思うんだ」


全てを見透かしたような視線から逃げるように足元を睨み付けた、この輩に私の何がわかるというのだ、受け入れ難いからこそこうして今の私がある、言うのは容易いものである。

このような時になまえの笑んだ顔がちらつく、胸が痛む、息が苦しい、どうしようもなくなまえが……。


「あ、ごめんなさい、お話中でしたか?」
「ああ、構わなくていいよ、私はもう帰るところだから」


何時の間にかチャペルの入り口になまえが戻ってきていた、人の良い微笑みを浮かべた毛利元就が、なまえと入れ替わりに出ていく。


「私は彼の古い古い友人なんだ、彼、悩み事が尽きない性分でね、君さえよければ相談相手になってあげて欲しいんだ」
「于禁さん、ここ最近疲れてるみたいなんです、しっかりお休みをとって頂かなければですね!」
「そう……于禁をよろしく頼むよ」


去り際に意味深な笑みを残し、いなくなった奴に、何の違和感も感じていないらしいなまえは、私の元に駆け寄ってじっと見つめてくる。やめてくれ、そのような目で私を見るな。

自戒の念と本能、そしてあの"本物"の言葉が脳内を圧迫し、せめぎ合う。


「于禁さん?」
「……なんでもない、気にするな」
「大丈夫、ですか?」
「……ああ」
「あ、そうだ!よかったらお茶しましょう!」


この無垢な笑みをずっとそばで。


「今から、か?」
「はい、一息つきましょう!」


許されるはずがないというのに、何故こうも求め、渇望せざるをえぬのだろうか。断わらねば、頭では戒めているつもりが、口は勝ってに了承の意を紡ぎ出していた。ではまた後ほど、となまえは嬉しそうにチャペルを出ていった。

多分大殿は引っ掻き回す役
20140214
20160218修正
 / 

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -