諸行無常、百鬼夜行 | ナノ

今日もまた平和で暇な神社警備、あー暇だなー超暇だなー隕石でも降ってこないかなー。眠くなってきちゃったし少しくらいなら居眠りしててもいいよね、晴天快晴いい天気、ぽかぽかあったかい日差しのもと、うとうとしていると急に視界がぐにゃぐにゃ歪む。

ああ、きっと夢を見かけているんだなあ、と頭の片隅で思いながら何気なく窓の外を見た。何かがうずくまるようにして転がっている、寝ぼけているのかな、なんだろうあれ。ふと目が覚めてしまい若干ぼんやりする頭のまま吸い寄せられるようにふらふらと外へ出てみれば……。

なんだこれは。現代社会には全くもって似つかわしくない装束に身を包んだ人がいる。いや正確にはヒトらしきものがうずくまっている。ああはいはいもう状況は整理されてますよ、いつもの妖怪ですよね。

「大丈夫です?生きてますか?」
「……うう」

妖怪に対して生死を問うのは些か如何なものかと思ったものの、他に聞きようがなかったので形式的にそう聞いてみた。

「ようやく……ようやくまともな食事が……うう、できるかと思ったんだ、けど、うう……」
「何を寝ぼけていらっしゃるのでしょうか」

突然ガチ泣きし始めたこの妖怪、見るからに幸薄そうである。あまりの空腹に行き倒れて食べ物の幻覚でも見ていたのだろうか。不憫である。いくら妖怪といえどここでくたばってもらっては夢見が悪い、軽食程度なら少しは用意できるからひとまず社務所に連れていこうと思い立つ。妖怪って種族によって食べるものが違うみたいなんだけど、結局は何が主食なんだろう。
人間……いやいやまさかまさか怖いからもう考えるのやめよ!

しかしこうもぐったりされていると運ぼうにも若干の無理を感じざるを得ない、見たところ成人男性のなりであるこの妖怪を、か弱い(そう!か弱い!)私がどうして運べようか。うん無理。だって180オーバーっぽいよこの妖怪。

立てますか歩けますかと尋ねても芳しくない返事ばかりでどうにもならない、シャキッとしろシャキッと!ならばいっそのことここに何でもいいから食べられるものを持ってきて食べさせればよいのでは?我ながら名案である。そうとわかればあとは実行するのみ、確かおまんじゅうか何かあったはずだ。すぐに食べものを用意してきますからねと社務所へ戻ろうとしたが、振り返って走り出した矢先に足首を掴まれ盛大に転んだ。

顔からいった、なんだろうこのデジャヴュ。これでも女子なんで顔に傷とかほんと勘弁して欲しい、お嫁に行けなくなったらどうしてくれるんだ。
痛いのを我慢しつつ足首を掴んだらしい行き倒れの妖怪を睨んでみたが解決には至らない。

「ふざけてます!?お腹すいてるんですよね!食べものを持ってきますからちょっとおとなしくしてもらっていいですかね!?」
「……うう、ごめん……違う、違うんだ」

ごめんすまないと謝りながら唸る彼、またとんでもない妖怪がやってきたものだと一緒になって倒れ込んだままため息をこぼす。本当にどうしようかともはやお手上げ状態、いい返事はもらえないとは思うがもう一度だけ「私にできることがあればしますから」声を掛けた。

足を掴まれたままではあったけれど、上体だけは起こせそうだ。起き上がろうと腕に力を入れかけたところで急に眩暈に襲われた、眩暈というかこれは何かというと眠気のようだ。強烈な睡魔に腕の力が途端に抜け、ふわふわのいい気分がジェットコースター並みの速さで襲ってくる。

「……す、すまない、本当にごめん」

何が起きたのかを考える間もなく意識がぶっ飛んだ、最後に聞こえたのは情けない声色の謝罪だった。



自分が大きく息を吸い込んだことに気が付いて目が覚めた、見慣れた社務所の天井がそこにあって簡易ベッドでぐっすり眠り込んでいたようだ。ほどよく暖かいベッドで寝返りを打つ、うとうとと再び微睡みに沈みかけたところでハッとする。

「なんで私寝てるの!?」
「わっ!」
「うわっ!」

勢いよく飛び起きると真横に見覚えのある姿が目に付いた、私の勢いに驚いたようでびくりと肩を震わせている。その様子に私自身もびっくりした。

「あなた誰ですか!私に何をしたんですか!ちゃんと説明してくれないとすごーくおっかなくて強ーい大天狗さん呼んで成敗してもらいますからね!」
「ご、ごめん、本当に申し訳ないと思っているよ!説明はきちんとするから于禁殿を呼ぶのは勘弁してくれ」
「于禁さんを知ってるんですか」
「もちろん、妖怪の中でもトップクラスの強さと影響力を持つ大天狗だからね」

ロングコートにフードの付いた某アサシンにも似た装束のその人は、所在なさげに視線をふらつかせながらふにゃふにゃと笑った。寝癖のようなくしゃくしゃの髪に、さほど濃くはない無精髭、自信なさげに垂れた眉と鬱屈とした瞳はこちらまでも気が滅入るようである。

なんて暗い妖怪だろうか、彼の第一印象はそれ。さて、と一体私に何をしてくれたのかと本題に入れば彼はまず自己紹介を始めた。

「俺は徐庶、バクなんだ」
「バク?」
「動物にもいるけど、ええとそっちじゃなくて、夢を食べる方、って言ったらわかるかな?」
「ああ、うんわかるわかる」
「えっと、君の名前を聞いてもいいかい?」
「私はなまえ」
「なまえ、か……いい響きだ」

徐庶はもう一度私の名前を口にすると控えめに口角を上げた、幸薄そうに笑うなあ。おっと失礼。

「それで、人間の夢が俺の主食なんだけど、最近まともな食事ができてなくて……」
「ふらふらしてたらここに?」
「ええと、まあ、そうだと思う」

思うってどういうことだ?はっきりしない物言いが引っ掛かり、眉をひそめれば気付いたらしい徐庶はもじょもじょ恥ずかしそうに「ええと、お腹が減りすぎて、その、意識も朦朧としてたんだよ」答えた。

人間でさえ生きにくい世の中、妖怪の数も減少傾向にあるらしいといつだか誰かに教えてもらった。それに便利なものが増えていくのと同時にここ数十年の間、夢を見ている人間が減少しているという。

快眠アプリや熟睡のための薬、そういったもののせいで夢を見ている人がなかなか見つからなかったと徐庶は力なく口にした。子どもでさえもゲームやらスマフォのせいで昔に比べると睡眠時間が減少傾向にある、更には少子化の問題もあるせいで寝るのが仕事!という赤ん坊さえも見つけられずに路頭に迷っていた。

そんな時に他の妖怪の気配が多く感じられるこの三戦國神社に縋る思いでやってきたそうだ。最悪の場合、無理矢理にでも人間を眠らせ強制的に夢を見せて、その夢を食べる、と。

「で、その最悪のパターンというわけね」
「本当にすまないと思っているよ、本当はむりやり眠らせるのは御法度なんだ」
「やっぱり于禁さん呼ぼうかな……」
「た、頼むよ!それだけは勘弁してくれ!」
「冗談冗談」
「最近の人間は冗談がきついよ……」

徐庶はふとため息をついて(これだから幸薄そうなのかな?)鬱々とした瞳をこちらに向けている、懇願にも似た感情が奥に見え隠れしているような気がするんだけど私は気づかないフリをした。
ちょっとなんか嫌な予感がするんだよね、さっきまで眠っていたはずなのに妙に身体が怠くて重い、これはまるで夜更かしして睡眠時間が足りないまま次の日になった時の感覚に似ている。

この流れでいけば考えなくてもわかってしまう。それでも一応念のため聞いてみることは、する。

「徐庶、ちょっと聞いていい?」
「なんだい?」
「バクに夢を食べられた人ってなんかこう、副作用みたいの、あるよね?」
「……」

あっ今すごい勢いでプイッてしたぞこいつ。やっぱり于禁さん呼ぼうかな!

「あっ、ごめ、違う、いや違わないけど!ええと……」
「……」
「えっと、悪かったよ」

バクに夢を食べられた人は『気』をいくらか一緒に持っていかれているらしい、エネルギーというか原理はよくわからないけどとにかく食べられた人はちょっと疲れちゃうんだって。やっぱり。

白状した徐庶はこの際であるとばかりにここにおいて欲しいとのたまった、この時世で次に食事にありつけるのは一体いつになるのかわからない。それを考えればここにいて定期的に私の夢を食べさせてもらえれば、御法度を犯すこともないし、自分も行き倒れずに済む。

「えっと、名案だと思うんだ」
「私にメリットないよね」

だだし私にはなんの得もないどころかむしろ損である、ああそうかさっきの嫌な予感ってこれだったんだ。黙り込んだ徐庶はというと懇願を全面に押し出して今にも捨てられそうな子犬のようだ。

「お願いだなまえ、もう頼れるのは君しかいないし、何よりも美味しかったんだ!もう君のものしか食べられないよ!」
「字面こわい!」

否応なしに住み着く気満々で振り切れた徐庶に根負けした。

夢うつつ、白昼悪夢

20200407
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