諸行無常、百鬼夜行 | ナノ

ある日のことだった、社務所でうつらうつらと居眠りを聞いていた時の話だ。お昼を食べ終わって午後いちの柔らかい日差し、丁度いい感じで気持ちよくなってふわふわしたこの微睡みタイム。

寝ちゃだめだ、寝ちゃだめだと思いつつもどうせいつもこの神社は人が来ないんだから、と私の中で悪い神様がうっそり囁いた。ちょっとだけ、ほんの10分だけ目を閉じよう、それなら平気だと。

目を閉じればあれよあれよと言う間もなくぷっつり意識が途切れてしまいましたとさ。


「10分だけ、と決めたはずでは?」


うん、決めた。決めたけど……。


「んー、ん?今……何時」
「もう1時間ほど経っている」
「うっそ!え、やば寝過ごし……え?」
「寝覚めの緑茶でも?」
「え?」
「風味は少しばかり損なわれますが、熱めで淹れましたぞ」
「え?」


ふと声が降ってきて何の気なしに答えを返して寝過ごしたことを知る、一瞬で頭がクリアになるから焦った時の人間の体ってすごい。それでも声の主が一体誰なのかって正体を認識するのには少々時間が掛かった。やっぱり人間の身体って思いのほかすごくない。

人体の不思議については今はどうでもいい、その前に誰だ、これ。


「これとは失礼な、私は張遼と申す、サトリをご存じですかな?」
「え、ええと、サトリっていうと……ええと」
「そう、今まさに考えた通り!妖怪の類いで大正解、人の考えていること、心の中を読める妖怪だ」
「えっ」
「困る、と申されますか」
「先に言うのやめてください」
「ほう、面倒なやつがきた、と」
「やだもう心の声がだだ漏れ!こわい!」


綺麗に整えられたカイゼルのようなお髭をちょいちょいといじりながら、サトリという妖怪の張遼さんはちょっぴり怖いいかついお顔で私の心の中を読みまくっている。


「それにしても人の世の中だというのにこの一画だけは妙に心地がいい、これは一体……」
「……もしかして私のせい?」
「我々が見えるということは」
「ということは?」
「……」
「張遼さん?」
「わかりませんな、何故我々が見えるのか、貴殿に特別な力があるのかと思いきやそうではないようだ」
「えええ……その上げて落とす感じやめてください」
「ふむ、茶が冷めますぞ、熱いうちに飲まれては如何か」


ふざけているのか真面目に話しているのか、張遼さんはころころと話題を変えながらカイゼル髭を整えた。癖らしい。そういえば時折鼻をすんすん鳴らしているけど何か臭うのだろうか、ガスは付けてないし……もしかして私が汗くさいとか?


「いや、そういうわけではない」
「あ、そうですか」


よかった、この歳ですでに加齢臭が漂ってたりしたらだいぶショックを受けるところだった、それにしてももはや考えていることが読まれても、普通に受け答えられるくらいには慣れ始めてる自分にびっくりである。
今までにもいろんな妖怪のみなさんがいたからなあ、ほう、とひと安心したところで張遼さんの次の一言に私の安堵は消え失せた。


「いやなに、我々妖怪は人を食べることもありましてな」
「えっ」


突然立てられたフラグ、人を食べる……だと!?初めて聞いたんですけどちょっとやばくない?言われてみれば妖怪だもの、人間の一人や二人、食べていたっておかしくない。おかしくないけど私は御免被る、痛いのはきらいだしまだ死にたくない。


「少々味見を……」
「やややですよ!ちょっともダメです!」
「なに、痛いのは最初だけですぐに……」
「すぐに何ですか!?意味深!変なところで区切るのやめてもらっていいですかね!?」


さっと張遼さんから距離を取るものも、彼はわかっているぞとばかりに私が後退りした方にぐいぐいついてくる。でたらめに逃げたせいで後ろは壁、というベタな展開になってしまいました。うわ詰んだ。


「さてなまえ、心の準備はよろしいか」
「よろしくないよろしくない、全然ダメお帰りください!」
「そう恥ずかしがらずとも」
「恥ずかしいとかそういう問題じゃなくて死活問題ですよね!?」
「さ、全て私に委ねれば良い、大丈夫だ問題」
「大有りだ、戯け者」
「ぎゃあああ!?」


ガシャァ!と私と張遼さんの間に突然ものすごい勢いで見覚えのある三叉の錫杖がブッ刺さった。それと同時に目の前をカラスを連想させる真っ黒な羽根が視界全てを覆い尽くす。ああ、九死に一生を得たとはまさにこのことだ。


「于禁さんんん!」
「張遼、貴様一体何をしている」
「なまえは芳しい香りがする、それは于禁殿もご存知のはず」
「……」
「少々味見をと思いましてな」
「今や人の子を喰らうのは禁忌、貴様も重々承知のはずだろう」


たまたま警備で山から下りてきたらしい于禁さんは張遼さんの妖気……?を察知してここに寄ったそうだ。元々自警団だったこともあり、妖怪たち同士のいざこざの仲裁をも請け負う彼は、無闇やたらに人を襲う妖怪たちへの制裁をも行っているという。

人間の世界でいう警察プラスアルファみたいな感じかな、何はともあれ助かった。于禁さんの背後に隠れながら張遼さんをチラ見、当人はこれっぽっちも悪びれた様子を見せていない上に、あっけらかんとしている。

な、なんてふてぶてしい人なんだ。いやふてぶてしい妖怪か。


「于禁殿、私はなまえを頭から喰らいたいわけではない、まあ確かに喰うと表現して勘違いされても仕方がないとは思いますがな」
「……何を言っている」
「腹を満たしたいわけではないということですぞ、察しの良い于禁殿だ、わからぬわけではありますまい」
「え、ちょっと待ってください于禁さん!張遼さんは一体何を言っているんです!?」
「……なまえ」
「はい?」
「わからんのであれば気にするな」
「つまり私はなまえとまぐわ」
「厳罰に処する!」


床に刺さっていた錫杖を引っこ抜き、ダァン!と強く床に打ち付け構え、臨戦態勢に入る。于禁さんの眉間のシワはいつもの三割増しとなっている。


「我が制裁を……受けよ!」
「なんの!」


于禁さんの重たい一撃が床をえぐる、そう床だ。


「こ、こんな狭いところで暴れないでくださあああっぶねえええ!」


ここは社務所だ、たいして大きくもない神社の。
穴のあいた床と暴れ出した妖怪のお二方を交互に見ながら修理費はどこから出るんでしょうね!と叫んだ。残念ながらどちらも聞く耳持たず、である。

20161216
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