暗から明へ | ナノ


無情にも、願っていたいつも通りの生活を迎えることはできず。

いや、それより今は誰 か 助 け て!

「貴様ァァア!」
「ひえええ!」

ばさばさと女官衣の裾を盛大にはためかせながら無駄に長く広い廊下を全力疾走しているのはわたし、なまえです。

この国の一番偉い人、曹操さんの計らいのおかげで何とか生き延びています、でもまた死亡フラグ立ちそう。今の状況を詳しく言うと全身欲求不満色、つまりは紫色の服の人に追われているので逃げ惑っています。

追われている理由がさっぱりわからないし、貴様私を馬鹿にしているのか馬鹿めが!なんて言われる理由もさっぱり。書簡とかいう竹で出来た巻物のようなものを、この全身紫色の司馬懿さんへと、届けただけだというのに。

「馬鹿め!何も書いていないものを持ってきおって馬鹿めが!」
「ええっ!何も書いてなかったんですかアレ!」
「とにかく止まれ貴様!」
「わたし貴様って名前じゃないんで!」

人と人の合間を縫うように駆けぬけ司馬懿さんとの距離はかなり開いてきた。以外と足おっせーのね!って言うか、だいたい張遼さんがこれを司馬懿殿へと言ったから持っていったのになんという仕打ち。

いやでも待てよ?今、司馬懿さんは何と言った?何も書いてないものって言ったよね。あれれ、おかしくないですか、確かに張遼さんは書いたやつをわたしに持っていかせたはず。

んんん?だったらなんで何も書いてないんだ?まさか張遼さん、何も書いてないやつとすり替えるとか地味に陰湿な嫌がらせを……?

「張遼殿、その者を捕まえて下さい!」
「え?」
「承知した」

これなら逃げ切れる、丁度その時咄嗟に司馬懿さんが大声で叫んだ。逃げ切るのと何も書いてない書簡の謎について考えていたせいで、目の前に現れた人に気付けなかった。

衝突する前にギリギリ止まれたものの、襟をむんずと掴まれて足が宙に浮く。悪いことをした子供を掴むようなその状態から自分を捕まえた人物に何故かはわからないけれど、自然と冷や汗が流れた。肩で息をしながら司馬懿さんがものすごい形相で向かってくる。

「ご協力感謝します」
「いやなんの、私のところの女官が失礼を致しましたな」
「張遼殿のところの輩でしたか」
「最近仕えたばかりの者ゆえ、書簡を持って行かせたのはよいが持っていくはずのものを間違えていたようでしてな」

司馬懿さんは未だ宙ぶらりんのわたしを睨みながら、張遼さんに頭を垂れた。わたしが悪いんですか!全面的にわたしのせい!?

「慌てて追い掛けたのだが、司馬懿殿の執務室はもぬけの殻」

えええ慌てて追い掛けるそぶりなんて微塵も見せてないじゃないですか!

「この女官が逃走を図ったものですからな」
「そ、それは司馬懿さんが変な紫の殺人光線みたいなの出すから」
「えぇい口を挟むな凡愚めが!」
「あだっ」

がつん、と脳天に衝撃が走る。だってあんなの出されて逃げなかったら確実に死ぬじゃん。そう心の中でふて腐れながら仕方なく口をつぐんだ。

「余計な手間をかけおって!」
「まあ、司馬懿殿」
「新米だからと甘やかすのはよくありません!よって貴様!」
「は、はい?」
「一人で厩の清掃をしてこい!当番の者がいたら代わると言え!」

馬のいるところを一人で掃除?

しばらくフリーズしていたら、返事をしろ返事を!とこめかみをグーでごりごりされる。

い、痛い。

涙目になりながらも敬礼しながら返事をすれば、司馬懿さんはふん、と鼻を鳴らして踵を返して来た道を戻っていった。相当いらいらしている、書簡を届けに行った時部屋の中は書簡だらけで目が眩みそうなほど、忙しそうだったし。

司馬懿さんが見えなくなると、今度は張遼さんが掴んでいたわたしの襟を急に放すものだから、着地に失敗して足首がぐぎりと嫌な音を立てる。踏まれても蹴られてもないけれど、まさに踏んだり蹴ったり。

「張遼さん、すみま」

痛みを堪えながら、書簡を間違えて届けたのはわたしだということに、変わりはないから一応謝っておかなければ、と顔を上げる。

しかしそこにもう張遼さんの姿はなくて、廊下に一人ぽつんと取り残されたわたしを通りすがる人々が不審がるように見ているだけだった。司馬懿さんに殴られた頭が痛い、張遼さんに急に放されて捻った足も痛い。通りすがる人々の視線も痛い。

え、なにこれ新米いじめ?

「ま、負けてたまるか……!」

心が痛いなんて絶対に思うもんか。

理不尽な司馬懿さんを一泡吹かせてやるんだ、張遼さんもあっと驚かせてやる!こうなったら馬が嫌がるくらいぴっかぴかの厩にしてやるんだ!わたしは足の痛みも忘れて全速力で厩へと向かった。


20091230
20131201修正

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