暗から明へ | ナノ


異国の地、違う時代、知らない人。

そこはまさに夢の国!

……なんて冗談でも言えたらどれだけいいか、今のわたしはそんな冗談すら言えないほど切羽詰まった状態にある。後ろ手に縛られ、膝を付いた状態でしゃがみ込ませられる。仰ぐようにして玉座を見つめた。

「曹操殿への謁見のお許しが出た」

そう言われて連れられたのが目の前にはソウソウ殿と呼ばれた偉そうな人とその横にはお付きの人だろうか、護衛の人だろうか、とにかく怖そうな人の前。(正確には下座、だ)

エッケンて何?鉄拳の聞き間違いかと思って殴られるのかと、冷や冷やしていたがそうではなくて、偉い人と面会するということだった。

「で、その者が侵入者か」
「ええ、我が隊の兵が発見したようで」

玉座に座るソウソウ殿とやらは、ほほうと見を乗り出して物珍しげにこちらを見る。見慣れぬとか変わった装束だとか、そんな風に言うけれどわたしから見れば向こうの方が十分変わってる。

そしてそのソウソウさんの隣にいる眼帯の人には最初からずっと睨みつけられている、この人はあからさまに敵愾心剥き出しで、それこそ双眼で睨まれようでもした時には卒倒ものだ。(悪い意味で)

眼帯の人と目を合わせないよう、視線をふらふらとさ迷わせソウソウさんと目が合っても嫌なので一端は床に落とした。

「で、どうするつもりだ孟徳」
「うむ……夏侯惇、お主ならどうする」
「どうも何も蜀や呉の間者なら斬首だろう、無関係な民ならば放してやらんこともないが」

間者でも民でもない。

恐らくは異国の地のものだろうが、空から降ってきたのならばモノノケか。

(眼帯の人がカコートン、モートク?何それソウソウさんのあだ名?)

確かに面妖だが、おもしろく興味深い奴よ。そう言ったソウソウさんはいつの間にか玉座から嫌でも目が合ってしまうほどの距離に迫って来ていた。

「お主、名を何と申す」
「えっと……なまえと言います」
「安心せい、夏侯惇のように斬首しようなどとは思っとらん」

濡れたままの髪だというのに、ソウソウさんは気にした風もなくわたしの頭に手を置くと、ふ、といいことでも思い付いたのか微かに微笑んだ。

「張遼、お主には女官が付いておらんかっただろう」
「必要がありませんので、申し出てきた者も全て断って」
「まぁそう言うな、この魏に来てまだそれほど経っていない、見知らぬ者を側に置きたくない気持ちもわからんこともないが」
「と、言いますと?」
「このなまえ、お主の女官にさせる」
「孟徳!正気か!」

何をふざけたことを!声を荒げたカコートンさんを片手を上げて制したソウソウさんは、わたしの隣に立つ人、チョウリョウさんに向き直る。(ああこの人チョウリョウさんっていうんだ)

その二人を仰ぎ見るように顔を上げれば、チョウリョウさんも驚いたように切れ長の目を見開いていた、そもそもわたしにはニョカンが何なのかわからないから驚きようがない。

「身の回りの世話等、好きに使うがよい」
「私は……」
「ただし解雇はならぬぞ、張遼」
「はぁ……」

小言を言い続けるカコートンさんを押し退けそうと決まれば、とソウソウさんがあれやこれやと指示を出す。チョウリョウさんは未だ困ったように私を一瞥してため息を零した。

すぐに手枷が外され、ソウソウさんが手を叩くと、老齢ではあるが凛とした雰囲気が全くそれを感じさせない女性が目の前に現れ、品定めをされるように多方向から見られる。

「些か貧相過ぎるような気が致しますがお任せを」

ソウソウさんに恭しくそれでいて気高く一礼すると、ついて来るように促された。些か貧相って……何も言わなくたっていいのに、っていうかこの人誰?内心ふて腐れながら先を行く女性についていこうとすると、彼女は急に立ち止まり振り返る。

「あなた!」
「は、はい?」
「仮にも将軍さまにお仕えする身、挨拶はなさったのですか!」
「え、仕え?」
「挨拶!」
「よっ、よろしくお願いします!」

ぴしゃりと注意され、弾かれたように回れ右をして頭を下げる。仕えると聞いてようやく女官の意味がわかった。

顔を上げ、チョウリョウさんが少し嫌そうなのは間違いなくわたしのせいだろう。さっさと行ってしまう女性の後を追いかけながら、この先どうなってしまうのか不安で仕方がないのは言うまでもない。



「き、起床はっや……!」
「すぐには覚えてられなくとも周りを見て覚えればよろしい、とにかく今は張遼様の一日の予定を把握することを優先なさい」

この国の名前は魏、国の主はさっきの殿さま曹操さんで眼帯の人はそのいとこで家臣の夏侯惇さん。

で、わたしの隣にいて今からお仕えするというのが張遼さん。

少しずつ話の筋が見えてきた、どうやらわたしはかなり昔の中国に飛ばされていたようだ。いわゆる三国志で有名な時代。歴史にも全く興味がないためにその時代の人なんか誰ひとりとして知らない。

だがしかし今はそんなことよりも覚えることがあまりにも多くてパンクしそう、一日の予定を把握する?朝は彼より早く起きて、夜は彼が寝てから眠る?

「……拷問」
「何か?」
「いえ何でも」

小さく呟いたつもりが聞こえてしまったのか、ぎろりと睨まれる。

「わたくしは女官長をしています」
「なまえです、よろしくお願いします……?」
「衣類やあなたの部屋は後ほど」
「あ、はい」
「ではまず城内の部屋についてですが」

それから、濡れたままで風邪をひかれては困る上に城内が汚れる、ということで着替えをもらい、かれこれ丸々半日城内の見取り図を暗記させられ、将軍さまに仕えるためのスキルアップ講座のようなものが延々と続いた。

女官長さんはわたしが字も読めないし、書けないことを知ると執務だの政務だの誰かに届けたり、整理するくらいなら出来ますでしょうと念を押す。(でも何で言葉だけは通じてるんだろ?わぁミラクルー)

何度も同じ文を復唱させられ、各部屋の位置もみっちりと叩き込まれる、教え方が上手ということもあるのだろう、苦労はしたけれどなんとなく流れは掴めた。

気が付けば先程よりも遥かに冷たく突き刺すような風が吹き、いつの間にか辺りは闇に包まれていた。部屋と予備の衣類を与えられ、部屋までついてきてもらった、簡素と言えばいい方だ、寝られる台があるだけマシなんだろう。

質問は、と尋ねられたが、ふるふると首を振る以外に、疲れて言葉も発せられないほどになっていた。

明日からの生活はここから始まる、何かあったらわたくしのところにおいでなさいと言うと、女官長さんは部屋を出て行く。ぽつん、と急に静寂が訪れ、窓からは大きな月が見えた。

あんなに濡れていたジャージもいつの間にか乾いていて、今頃現代のみんなはどうしているだろうかなんて、ふと気になったら鼻と目の奥がつん、としてくる。捜索届けとか出されてんのかな。ニュースとかになるかな。

その場にうずくまり膝を抱え声を殺しながら泣いた、泣いたら負けだと思っていたけれど少し無理があったようだ。次の日になったら全てが夢で、またいつものように学校へ行って授業を受けて部活でへろへろになって帰る。きっとそんな毎日がまた始まるはず。

悪い夢なんだ。

ずず、と鼻をすすりベッドへ潜り込むと何もかもを拒絶するように丸くなって眠った。


20091227
20131130修正

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