暗から明へ | ナノ


思い出し笑いをしたら部屋の主に思いきり睨まれた、執務中に雑念を抱くとは何事だ、集中せよと射抜く視線に今度は苦笑した。

「何がおかしい」
「いえ何も」
「ならば何故笑った」
「思い出し笑いです」

腑に落ちない表情をされた文則様に少しだけ、と雑談を申し入れた、ため息をひとつ零して仕方ない申してみよと許可を頂いて、お互い筆を置いた。(休む時は休む、ながら仕事はしない派だ)

「この間の話です、張遼殿に女官が付いたのを知っていますか?」
「ああ、聞いた、あの張遼が」
「そうなのです、どんな人を付けたんだろうと気になってたら、丁度文則様のお食事を持ちに行った時に鉢合わせまして」
「ふむ」
「随分風変わりというか……育ちはいいけれど世間知らずというか、不思議な雰囲気の子でした」

底抜けの明るさが垣間見えて悪い者ではない、直感的にそう感じた、ずっと頑なに女官を付けず侍女も、副官でさえ付けるのを拒んで必要最低限まで周囲に人を寄せ付けなかった張遼殿が。

噂はいくつか耳にした、張遼殿からは随分と邪険に扱われているようだが本人はめげずに必死で付いていっている様子だと、健気な姿は見ていて応援したくなる派もいれば、なんの縁故もなしに仕えることができたのだから当然だと嫉妬ゆえの嫌味派も少なからず。

私はどちらかと聞かれれば断然応援派である、あの子と張遼殿の関係図はまさに昔の私と文則様と瓜二つ、あの子は女官というか侍女のような立ち位置だが私は武人、多少の差異はあれどよく似ている、昔の私も文則様には相当邪険にされたこともあったし、厳罰に処されるところを逃げてみたりいろいろと若かった。

「で、何が言いたい」
「苦労している者、かつて苦労していた者、似た者同士で少しばかり語らいたいなあ、なんて」
「……」
「文則様?ご機嫌損ねちゃいました?」

眉間に深々と刻んだ皺、ぶすっと拗ねたらしい文則様にあえて尋ねれば益々機嫌が落ちてくる、苦労したのは私だけじゃない、若さゆえに奔放過ぎた部下の私を御するのに文則様も随分と時間と労力を費やした。(お互い様とも言えるんじゃないかな)

「お前には苦労を掛けたが掛けられたことも多々、だが」
「……?」

私ばかりが苦労したとでも言いたげな言葉に拗ねたのだと思ったが、問題はそこじゃないようだ。

「話の流れを深く汲むと、私と張遼も似ている、そう言いたげに聞こえる」
「ああ、確かに」
「言っておく、全く似ていない」
「そんなに嫌でした?」
「嫌というわけではない、だが同類のように括られるのは腑に落ちぬ」

嫌というわけでは、と言うわりには滲み出る感情の切れ端がとても嫌そうですが……今でこそ些細な表情や雰囲気の変化が手に取るようにわかるけれど、昔は本当に大変だった。褒められても心配されても何しても怒られてるようにしか思えなかった、そのくらい文則様は怖かったから。

でもこうして深いつながりの元、最も近くにいるようになってからは、恐怖だけが綺麗にいなくなった。

ただ、夜の……同衾からのごにょごにょ……は人が変わる、それだけは未だにいろんな意味で怖い、そうねいろんな意味で。

「ま、とにかくあの子も今は大変でしょうけど絶対報われると思います」
「その根拠はどこにある」
「私達と似た者同士ですからいい方向に向かうはずです、いい眼をしてましたし、あの子」
「私と張遼は似ていない」

話は終いだ、筆を持て。

束の間の息抜きはおしまい、いつかもう一度あの子に会って話ができたらいいんだけどなあ、美味しいお茶とお茶菓子を添えて女子だけの秘密のおしゃべり。

ああ、名前聞いておけばよかった。


▼スピンオフ
連載主が食事を取りに行った時に出会った人は于禁の護衛的な(紆余曲折あってくっ付いた系)本編でも少し絡ませたかったんですが余裕が、なくて……。それでスピンオフ的なものにしてみました、料理長も少し書きたい。

フガート(fugato 伊)
フーガ(fuga 伊)っぽいけど完全なフーガじゃなくて、一つの独立した曲でもなくて、ひとつの曲の中、あるいは楽章の一部を指す。交響曲に多い。

20131231

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